アベノミクス第三の矢は、企業と健保組合の仲を取り持つキューピッドの矢?!

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  • マネジメントコンサルティング部 主任コンサルタント 増田 幹郎

6月14日に閣議決定されたアベノミクス第三の矢となる成長戦略『日本再興戦略-JAPAN is BACK-』と、同日に9大臣の申し合わせにより決定された『健康・医療戦略』において、“効果的な予防サービスや健康管理の充実により、健やかに生活し、老いることができる社会”の実現に向けての取り組みが掲げられた。“被用者保険に関しては、(中略)レセプト等のデータ分析、それに基づく事業計画「データヘルス計画(仮称)」の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求める”が、そのうちの一つである。「予防・健康管理の推進に関する新たな仕組みづくり」に向け、平成26年度中に全ての健康保険組合(以下、健保組合)に対してその取り組みを求めていくとしている。


また、2030年の在るべき姿とする“効果的な予防サービスや健康管理の充実により、健やかに生活し、老いることができる社会”では、自己健康管理を進める「セルフメディケーション」等を実現させるとしている。そのために個人・保険者・企業の意識・動機付けを高めることに取り組む、としたことは注目される。レセプト等のデータを持つ保険者だけでなく、個人や企業にも予防・健康管理の推進への取り組みを求めている。その背景にある現状の問題点として、“保険者は、健康管理や予防の必要性を認識しつつも、個人に対する動機付けの方策を十分に講じていない”、“企業にとっても、本来、社員の健康を維持することは、人材の有効活用や保険料の抑制を通じ、会社の収益にも資するものであるが、こうした問題意識が経営者に浸透しているとは言い難い”と成長戦略のなかで指摘している。確かに、現時点では、社員の健康維持について企業が積極的に取り組んでいる例はまだ多くはない。一部の先進企業が健保組合と連携し、独自に試行錯誤を繰り返して推進してきた現状から見れば、今般成長戦略の一つとして国が取り組むとしたことは大きな後押しになると思われる。厚生労働省は、「データヘルス計画(仮称)」がどのようなものになるかについて、「被用者保険における理想的な保健事業のイメージ」【図1】を示し、企業が健保組合に人材と財源を投入し、連携する体制を想定している。

【図1】被用者保険における理想的な保健事業のイメージ

ところで、「データヘルス計画(仮称)」で中心的役割を担うとされる健保組合の多くは、ここ数年、高齢者医療制度への納付金・拠出金、および高齢化に伴う医療費増等から、財政赤字に陥り厳しい環境に置かれている。保険料率が上がり、付加給付費や保健事業費が削減される等、企業として健保組合を維持することに疑問を呈されている例もある。健保組合としては、この機会に再度その保険者としての機能・役割を確認し、積極的に発揮していくべきであると考える。なぜなら、現時点でレセプト等データを保持しているのは他ならぬ健保組合であり、それを活用して効果的な予防・健康管理の対策を打つことにより、健康な社員とその家族を増やすことが出来れば、保険給付費の支出を減らし、将来的には前期高齢者納付金の減少までにも結び付く可能性もある。支出減少による健保組合の財政健全化への足掛かりとなる。さらに、社員の健康増進が図られることによる生産性向上から企業の業績向上にまで結び付けられれば、社員の報酬増加による保険料収入増も図られ、より一層の予防・健康管理対策を打つことができることになり、企業にとっても健保組合にとっても好循環【図2】を生み出せる可能性も見えてくる。

【図2】予防・健康管理対策の実行による企業と健保組合の好循環サイクル

そのためには、先行各社の事例も踏まえ、「データヘルス計画(仮称)」で想定されているように、企業との連携、更には企業が主体的に取り組むよう、健保組合から経営者に働きかけることがその第一歩になる。しかし、健康な社員が増えることが将来的に企業価値向上に結び付くイメージを経営者が理解したとしても、現段階で健保組合に対して、財源に加え人材の投入に踏み切れる企業は多くはないと予想される。経営者に決断させるためには、収益向上に直結するエビデンスやデータを用意しなくてはならない。現在実施中の保健事業の結果を検証する等、(まだまだ現実的に使用できるレベルのデータには達していないとの意見もあるが、)まさしく「データヘルス計画(仮称)」にあるレセプト等データの分析に着手する必要もあるだろう。財源と人材の投入を受ける前の健保組合では困難な作業かもしれないが、国が準備するとしている先行事例の研究や分析システムの活用や、場合によっては外部のサポートを受ける等、手段を尽くして取り組む価値は十分にあると考える。


企業においては、労働契約法で明文化されている安全配慮義務(健康配慮義務)の観点からも、社員の健康管理についてもう一歩踏み込んでの対応を検討する契機としてはどうか。例えば休職者が発生した場合、本人へのサポートや所属部署への人的対応等、企業にとって想定外のコストとなる可能性がある。また、同じ人間なら健康であるほうが、健康でない状態より労働生産性が高いのは当然である。予防・健康管理の推進への企業の取り組みは、不健康者に係るコストの削減、そして先に示したとおり、将来的には労働生産性の向上から企業業績の向上に結び付くものと、あらためて認識してみて欲しい。


自社や自社グループで健保組合を運営しているならば、データから自社の特性を分析し、それに応じたよりきめ細かい対策もいずれは可能になるであろう。当面は健保組合が実施する保健事業が具体的な対応策となる。その成果を検証し、より効果が高いと考えられる対応策を検討・実行していくというPDCAサイクルを回すことで、いずれ一層効果的な保健事業等が可能になっていく。「データヘルス計画(仮称)」で当面目指すものとしているのもまさにそこである。先行各社を見ても、健保組合の取り組みだけでは具体的な成果に結びつくまでにはかなりの時間を要している。企業(特に経営トップ)が積極的に推進する姿勢と体制を打ち立てたことで、企業全体に浸透して成果が生まれてきたという事例が多い。組織間協働から、部署単位の自主目標に落とし、自律的に行動することで企業風土化する、企業としての行動が変容するまで取り組む必要がある。意識改革は当然のこと、例えば、部下に対する健康管理についても上司の評価項目とする制度への改定や“健康手当”のようなインセンティブ制度の創設等も考えられる。もし、将来的な規制緩和で企業もレセプト等データを利用できるようになれば、人事管理データと融合して分析を行うことで新たな経営指標を生み出せる可能性も考えられ、それを見据えた健保組合との協働体制の構築も検討に値するのではないか。

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