2018年07月19日
サマリー
◆「日本経済見通し:2018年6月」でも詳細に分析した通り、米中間で実施ないしは検討されている追加関税措置が実体経済に与える影響は中国▲0.14%、米国▲0.15%、日本▲0.01%と限定的である。他方でIMF等の国際機関では「世界貿易コストが10%上昇すれば世界経済▲2%低下」との試算が出されているが、両者の乖離は前提条件の差異によるものだ。米中関税措置に伴う世界貿易コスト上昇率は0.26%にとどまるため、IMF試算を援用すると世界GDPへの影響は▲0.05%となる。鉄鋼・アルミニウムへの追加関税措置および報復関税を全て含めても世界GDPへの影響は▲0.07%にとどまる。
◆結局、リスクの本丸は米中貿易戦争ではない。むしろその後に待ち受けている「自動車追加関税」の成否が死活的に重要だ。20%の関税賦課が決定した場合、世界GDPを▲0.1%低下させるとともに、日本車・部品の関税コストを1.7兆円以上増加させることになる。今後控えている自動車の通商交渉が日本にとっての最大の正念場となろう。
◆日本独自の構造要因として、労働市場が新たな局面を迎えている。生産年齢人口の減少自体は1990年代中盤から始まっているが、空洞化進展により2010年頃までは人手不足は顕在化しなかった。しかし単位労働コストの相対的低下を受けて企業は安価な未活用労働力を求め始めた。その大宗を占めていたのは女性の短時間労働者であったが、過去数年間で女性の労働参加率は30-50代を中心に大幅改善しており、これ以上の「頭数」確保は難しい。結果として企業は①非正規社員の正規化による平均労働時間の延長と、②新たな未活用労働力(=若年層、高齢者、外国人)の確保に乗り出している。
◆人手不足が深刻化する一方で平均賃金が上昇しないことを以て、フィリップスカーブの有効性を疑問視する声もある。しかし賃金版フィリップスカーブを年代別に分解すると、現代日本でも未だにその有効性は健在だ。本質的な問題は、労働市場が若年層「のみ」でタイト化しており、中高年のスラックは未だ大きいということにある。言葉を変えると、企業が求める人材像(労働需要)と労働供給の間に「世代間のミスマッチ」が発生しており、局所的に賃金インフレとデフレが混在しているのが労働市場の現状である。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
関連のレポート・コラム
最新のレポート・コラム
-
米GDP 前期比年率+2.8%と加速
2024年4-6月期米GDP:内需主導での堅調さを維持
2024年07月26日
-
監査・ガバナンス強化へ回帰する英国
昨年撤回した監査強化方針を復活し、ガバナンス・コードも厳格化へ
2024年07月25日
-
女性がキャリアを築ける職場ほど、子どもを持ちやすい
健保組合ごとの被保険者・被扶養者の出生率と、その要因の多変量解析
2024年07月24日
-
GX経済移行債に期待されるインパクトレポーティング
~GXの理解醸成促進に向けて~『大和総研調査季報』2024年夏季号(Vol.55)掲載
2024年07月24日
-
盛り上がりに欠ける英国の政権交代
2024年07月26日
よく読まれているリサーチレポート
-
「国債買入減額+利上げ」だけで長期金利は2%超えか
シナリオ別に見た日銀の国債買入減額による長期金利への影響試算
2024年06月12日
-
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
-
第221回日本経済予測(改訂版)
賃上げ・物価高の先にある経済の姿と課題は?①賃上げ効果、②貿易デジタル赤字、③トランプリスク、を検証
2024年06月10日
-
「事業性融資の推進等に関する法律案」概要
事業性に着目した企業価値担保権の創設
2024年05月30日
-
バーゼルⅢ最終化による自己資本比率への影響の試算
標準的手法採用行では、自己資本比率が1%pt程度低下する可能性
2024年02月02日
「国債買入減額+利上げ」だけで長期金利は2%超えか
シナリオ別に見た日銀の国債買入減額による長期金利への影響試算
2024年06月12日
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
第221回日本経済予測(改訂版)
賃上げ・物価高の先にある経済の姿と課題は?①賃上げ効果、②貿易デジタル赤字、③トランプリスク、を検証
2024年06月10日
「事業性融資の推進等に関する法律案」概要
事業性に着目した企業価値担保権の創設
2024年05月30日
バーゼルⅢ最終化による自己資本比率への影響の試算
標準的手法採用行では、自己資本比率が1%pt程度低下する可能性
2024年02月02日