サマリー
◆日本の賃金デフレの要因として、①国際競争の激化、②潜在的スラックの存在、③労働生産性の伸び悩みの三つが挙げられる。このうち①については「現時点の為替レートが維持され」、かつ「中国における賃金上昇が続く限りは」、という前提条件つきではあるものの、脱却の可能性が近づいている。②も同様に、失業率は自然失業率近辺に接近し、かつ、正規化の流れの中で雇用の質も改善に向かっており、遠からぬ将来の解消の兆しが見え始めた。従って、今後持続的な賃金上昇が発生するか否かは生産性の向上次第ということになる。
◆しかし「生産性」という言葉には二義性があり、生産性向上に向けた処方箋を巡っては議論が錯綜している。労働生産性は資本装備率と全要素生産性の二つの要因で規定されるが、資本装備率の蓄積ペースは、全要素生産性の上昇率次第で一意に決定される従属変数だ。従って本質的な処方箋は全要素生産性を向上させる教育と雇用流動化となる。前者に対する取り組みは徐々に進展しているものの、後者について目立った進展は見られない。長期的な視座に立てば、これが持続的な賃金上昇の実現を阻む問題として残される公算が大きい。
◆他方で日本だけでは如何ともしがたい世界的な潮流が存在することもまた事実である。その最たる例が「底辺への競争」であり、その結果としての労働分配率の持続的な低下である。グローバリゼーションの進展と並行して、先進国を中心として各国政府は為替レートの切り下げ(近隣窮乏化)による人件費の抑制、法人減税や設備投資減税による資本コストの抑制と同時に付加価値税(消費税)の引き上げを行うなど、重商主義的な政策競争を続けてきた。これらはいずれも、企業所得の改善と引き換えに、家計の実質所得を損なう政策であり、その果てに待っているのは労働環境や社会福祉の「底辺への競争」となる。政策のリバランスに向けた国際協調の議論が望まれる。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
執筆者のおすすめレポート
同じカテゴリの最新レポート
-
「責任ある積極財政」下で進む長期金利上昇・円安の背景と財政・金融政策への示唆
「低水準の政策金利見通し」「供給制約下での財政拡張」が円安促進
2025年12月11日
-
2025年12月日銀短観予想
輸出不振や原材料高で製造業の業況判断DI(最近)は悪化を見込む
2025年12月10日
-
2025年7-9月期GDP(2次速報)
設備投資などが減少し、実質GDPは前期比年率▲2.3%に下方修正
2025年12月08日
最新のレポート・コラム
-
中国:来年も消費拡大を最優先だが前途多難
さらに強化した積極的な財政政策・適度に緩和的な金融政策を継続
2025年12月12日
-
「責任ある積極財政」下で進む長期金利上昇・円安の背景と財政・金融政策への示唆
「低水準の政策金利見通し」「供給制約下での財政拡張」が円安促進
2025年12月11日
-
FOMC 3会合連続で0.25%の利下げを決定
2026年は合計0.25%ptの利下げ予想も、不確定要素は多い
2025年12月11日
-
大和のクリプトナビ No.5 2025年10月以降のビットコイン急落の背景
ピークから最大35%下落。相場を支えた主体の買い鈍化等が背景か
2025年12月10日
-
12月金融政策決定会合の注目点
2025年12月12日
よく読まれているリサーチレポート
-
日本経済見通し:2025年10月
高市・自維連立政権の下で経済成長は加速するか
2025年10月22日
-
非財務情報と企業価値の連関をいかに示すか
定量分析の事例調査で明らかになった課題と今後の期待
2025年11月20日
-
中国:2025年と今後10年の長期経済見通し
25年:2つの前倒しの反動。長期:総需要減少と過剰投資・債務問題
2025年01月23日
-
第227回日本経済予測
高市新政権が掲げる「強い経済」、実現の鍵は?①実質賃金引き上げ、②給付付き税額控除の在り方、を検証
2025年11月21日
-
グラス・ルイスの議決権行使助言が大変化
標準的な助言基準を廃し、顧客ごとのカスタマイズを徹底
2025年10月31日
日本経済見通し:2025年10月
高市・自維連立政権の下で経済成長は加速するか
2025年10月22日
非財務情報と企業価値の連関をいかに示すか
定量分析の事例調査で明らかになった課題と今後の期待
2025年11月20日
中国:2025年と今後10年の長期経済見通し
25年:2つの前倒しの反動。長期:総需要減少と過剰投資・債務問題
2025年01月23日
第227回日本経済予測
高市新政権が掲げる「強い経済」、実現の鍵は?①実質賃金引き上げ、②給付付き税額控除の在り方、を検証
2025年11月21日
グラス・ルイスの議決権行使助言が大変化
標準的な助言基準を廃し、顧客ごとのカスタマイズを徹底
2025年10月31日

