2014年08月05日
サマリー
国土交通省は、下水道に関わる新たな長期ビジョンや10年程度の中期的な施策を盛り込んだ「新下水道ビジョン」を策定した(※1)。下水道に関するビジョンとしては、これまでにも「下水道ビジョン2100」(平成17年)や「下水道中期ビジョン」(平成19年)が策定されているが、今回の新下水道ビジョンは、インフラの老朽化や財政・人材の制約、気候変動の影響や大規模災害発生リスクの増大など、社会経済情勢や地球環境の変化などを踏まえ、下水道が果たすべき使命を見直し、多様化した使命を達成するためのビジョンと中期的な施策を改めて示している。新下水道ビジョンは、「持続的発展が可能な社会の構築に貢献」(Sustainable Development)することを下水道の究極の使命と捉えており、具体的な使命として、「循環型社会の構築に貢献」(Nexus)、「強靱な社会の構築に貢献」(Resilient)、「新たな価値の創造に貢献」(Innovation)、「国際社会に貢献」(Global)の四つを掲げている。
日本の下水道は高度経済成長期ごろから短期間に急速な整備が進められたため、約45万㎞に及ぶ管路や約2,200か所の下水処理場(平成24年度末)などについて、老朽化の進行に伴う更新需要が増加することが予想されている。また、地方自治体の下水道担当職員数は、行政組織のスリム化や団塊世代の退職等により、ピーク時(平成9年度)の2/3程度まで減少しているという。新下水道ビジョンはこれらの点について、下水道システムが機能しなくなれば、国民生活や経済活動を脅かす危機になりかねないことを指摘している。一方、下水道システムが集約し、マネジメントできるバイオマスは年間約223万トンで、全量を発電に活用すれば約110万世帯の年間電力消費量に相当することや、下水熱約7,800Gcal/hは約1,500万世帯の年間冷暖房熱源に相当することなど、下水道システムが資源やエネルギーを社会に提供し得るポテンシャルにも言及している。
このような危機とポテンシャルの認識を踏まえ、新下水道ビジョンは現在を「危機を好機に変える最初で最後のチャンス」と捉えており、危機を好機に変えるための基本方針を示している。下水道ビジョン2100が示してきた「循環のみち下水道」の実現という方向性を堅持しながらも、下水道の新たな展開を見据え、新下水道ビジョンでは、「『循環のみち下水道』の成熟化」を基本的なコンセプトとして掲げている。具体的には、「『循環のみち下水道』の持続」と「『循環のみち下水道』の進化」を二つの長期ビジョンと位置付け、適切なマネジメントにより下水道の機能やサービスを目標水準に維持するとともに、多様な主体との連携により、その機能や役割を進化させ、社会的課題の解決や国際的な水問題解決などにも貢献することを目指している。

新下水道ビジョンは、ICT技術や通信インフラの普及・発展が進み、ビッグデータの利活用が拡大していること等を踏まえ、社会インフラにICTを組み込んだ、いわゆる「ICTスマートタウン」を国内のみならず世界に展開する視点を盛り込んでいる点にも特徴がある。二つの長期ビジョンの各項目については、それぞれ実現に向けた中期計画が示されており、そこには下水道全国データベースの構築や降雨量・浸水実績のデータ等との連携、内水ハザードマップ等による浸水リスクの公表などの施策も盛り込まれている。また、ICT・ロボット等の先端技術を活用したスマートオペレーションの実現に向け、研究分野のシーズと下水道界のニーズをつなぐ「場」を構築し、技術実証・モデル事業等も推進するとしている。このような取り組みを進めることにより、急速に都市化が進むアジア諸国の都市浸水対策等においても、課題解決に貢献していくことが目標の一つとされている。
人口減少が予想され、財源や人材も制約される社会では、広い面積を物理的な管路でカバーしてきた水インフラを、コンパクト化・分散化・ネットワーク化する視点が重要になる。一方で、水循環においては、水源や上水道などの上流部分だけでなく、下水道や河川・海域などを含めた流域全体の面的な取り組みも求められる。そのため、ICT技術や通信インフラの有効活用は、健全な水循環を実現するための重要な要素の一つとなろう。また、集中豪雨やゲリラ豪雨などの極端な現象に際しても、各種情報の迅速な収集・分析・伝達等は被害縮小に寄与するものと考えられる。水循環基本法の施行に伴って設置された水循環政策本部は、7月18日に第1回会合を開き、水循環を巡る現状と課題についての認識を共有するとともに、「水循環基本計画」を来年夏までのできる限り早い時期に策定する意向を示しており(※2)、スマートな水循環システムの実現に向けた基本計画の策定が期待される(※3)。
(※1)「『新下水道ビジョン』の策定について」国土交通省(報道発表資料:平成26年7月15日)
(※2)「水循環政策本部会合」首相官邸
(※3)参考資料:ESGの広場「静かに広がる水のリスク」
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