2012年11月01日
サマリー
欧州のSRI関連団体である Eurosif(the European Sustainable Investment Forum)は、このほど欧州のSRI事情を包括的に調査した報告書「European SRI Study 2012」を公表した。同報告書によると、欧州のSRI市場の残高は2011年末で約6.8兆ユーロに達したと推定される。前回報告書では、2009年末で約5兆ユーロであったから、2年間で40%近い増加を見せたことになる。2009年末は2007年末比で87%増であったのと比べれば成長は鈍化しているものの、未だ急激な拡大を続けているようだ。
この欧州のSRIを投資主体別の保有構成比率で見ると、94%が機関投資家であり、個人投資家は6%にすぎない。個人投資家向けの投資信託が中心のわが国とは異なっている。アセットクラス別では、債券の比率が51%と高く、株式は33%であった。
市場急拡大の要因は投資排除基準の採用拡大
資産残高の変化だけを見ると欧州におけるSRI投資の成長は目覚ましく、世界的な金融危機により金融証券市場が大打撃を受けて不振が続く中でも、着実に市場を広げているという印象を受けるが、その拡大の要因を子細に見ると、機関投資家中心の欧州SRI市場ならではの理由によるものと思える。SRIには、様々な種類がある。SRI投資家から見て優れた企業に積極的に投資を振り向ける戦略(ベスト・イン・クラスやテーマ型投資)も、逆に劣ると考えられる企業を投資対象から排除する戦略も、両方ともSRIの一種であるし、劣ると考えられる企業に投資を続けながらその企業の経営者と改善に向けた対話を行う手法(エンゲージメント)もSRIだ。日本のSRIは、環境などをテーマとした投資が多いが、欧州のSRIでは、一定の基準に従って企業を投資対象から除外する手法の投資残高が圧倒的であり、最近の規模拡大もそのような手法によるSRIの成長で説明できる。(図表)からもわかるように規範的スクリーン(Norms-based screening)と投資排除基準(Exclusions)という、ともに何らかの基準によって投資対象から除外する戦略の伸びが著しい。
規範的スクリーンと投資排除基準は、よく似ているが、前者は企業倫理に関する国際規範(国連グローバル・コンパクト等)に反する企業に対して順守を求めるエンゲージメントを行ったり、投資対象から除外したりする戦略である。後者は、たばこ、アルコール関連の企業を投資対象から排除するという基準を用いる場合が多く見られる。関連する企業を機械的にすべて排除するのではなく、問題となる事業の売上や利益の構成比が企業の全売上、全利益のたとえば5%を超える場合に投資対象から除くという数量的な許容幅を設けることもある。規範的スクリーンでは、国際条約によって規制されるクラスター爆弾や地雷といった非戦闘員を死傷させる恐れの強い武器を製造する企業を選定し、エンゲージメントや投資排除を行うことがよく行われる。こうした国際規範のみを基準に投資対象からの排除を行っている投資家は、規範的スクリーンの投資残高にカウントされるが、国際規範に加えてたとえば宗教的投資排除基準を併用する投資家は規範的スクリーンと投資排除基準の双方にカウントされる。投資排除基準では、クラスター爆弾や地雷にとどまることなく、国際条約の規制対象とはならない一般的な武器の製造に関わる企業までも投資排除する基準や、たばこ、アルコール、ギャンブル、核兵器、豚肉(イスラム系の場合)、動物実験などの関連企業を投資対象から除外する基準などが用いられる。これらの基準の一つでも採用していれば、投資排除基準を用いるSRIということになる。
規範的スクリーンによるSRIが多いのは、フランス(6,796億ユーロ)、ノルウェー(5,508億ユーロ)、イタリア(3,142億ユーロ)である。投資排除基準を多く用いているのは、オランダ(6,651億ユーロ)、ドイツ(6,182億ユーロ)、ノルウェー(5,508億ユーロ)、イタリア(4,468億ユーロ)、スイス(4,292億ユーロ)、スウェーデン(3,398億ユーロ)である。ノルウェーで規範的スクリーンと投資排除基準が同額であるのは、規範的スクリーンのみを用いるSRIがなく、投資排除基準との併用が行われているため、両者にカウントされていると考えられる。一方、フランスの投資排除基準の運用資産額は160億ユーロにすぎず規範的スクリーンの6,796億ユーロとの差は大きい。これは、フランスではクラスター爆弾製造企業を投資対象から除外するなど国際規範に基づく方法が中心で、他の投資排除基準はあまり用いられていないからであろう。
規範的スクリーンも、投資排除基準も、どちらも何らかの基準に照らした場合に、社会的に好ましくない事業に関わる企業を投資対象から除くというものだが、その基準自体、価値判断次第で変化しうるものである。しかし、公的年金基金や生命保険等、大手の機関投資家にとって、そのように好ましくないと判断される企業に投資を継続することは、自らの評判(レピュテーション)を下げる恐れがある。そのため、大手機関投資家は、投資排除基準を中心とするSRIを採用することになる。大手の機関投資家の評判を引き下げる圧力が希薄な場合には、SRIの拡大余地も小さいだろうが、NGOなどの影響力を軽視できない欧米では、SRIへの取り組みが進むのであろう。
環境ファンドは縮小傾向
これまでの説明で明らかなように、欧州とわが国のSRIは、その内容が異なるため、単純にその規模や動向を比較するのは適当ではない。わが国のSRIの相当な部分を占めると思われる環境ファンド(※1)のデータと類似した欧州の調査データとしては、社会的責任投資(SRI)に関する調査やコンサルティングを行っているフランスのNovethicの報告書(※2)が参考になるだろう。これによれば、2011年の時点で、欧州18か国に194の環境ファンドがあり、その資産総額は133億ユーロであったという。2009年には182億ユーロであったから3割近い減少だ。
資産規模が縮小しているだけでなく、新たなファンドの創設も足踏み状態だ。欧州の環境ファンドの半分以上は、2007年、2008年に設定されている。温室効果ガス排出量削減を目指す京都議定書で定められた第一約束期間(2008年~2012年)開始の前後で、環境に対する関心が高まった時期に集中的に作られた。しかしその後は、よく知られるように温室効果ガス削減の国際的な合意形成は難航しており、環境ビジネスの見通しが不明確になったこともあり新たなファンド設定は低調で、2011年の環境ファンド設定はわずか5つであった。フランス、スイス、英国、ドイツの4か国で欧州環境ファンドの4分の3が運営されているが、その中でも国ごとに盛衰は異なるようだ。この4年間でスイスでは29%増加しているが、ドイツでは34%の減少であるという。
環境ファンドと銘打つが、見解によっては疑問となる運用もあるようだ。クリーン技術や代替エネルギーを投資対象としているファンドの中には、石炭・石油に比して温室効果ガスの排出が小さい天然ガスや原子力産業へ投資するものもある。また、ファンドの資産すべてを環境関連企業に投資するのではなく、明らかに環境関連とはいえない企業に投資するファンドが38%にのぼるなど、環境ファンドの内実には、疑わしいところもあると指摘されている。
(※1)モーニングスター MS-SRIモーニングスター社会的責任投資株価指数「日本のSRIファンドパフォーマンス」
(※2)Novethic Research (April 2012)“GREEN FUNDS A sluggish market”
関連レポート
・当社レポート「欧州の社会的責任投資(SRI)市場が拡大」(2010年10月19日付)
このレポートでは「European SRI Study 2010」を紹介したが、2012年版では集計方法が変更されているので、時系列比較には注意が必要である。
・大和総研調査季報(2011年春季号(Vol.2))「EngagementとDivestment~欧米における社会的責任投資の手法と課題~」
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