2010年12月22日
1、事業環境の変化をチャンスと捉えたスカイマーク
かつて高嶺の花と言われていた航空業界が急変している。海外からはエアアジアX(マレーシア)、ジェットスター(豪州)、チェジュ航空(韓国)などローコストエアライン(LCC)(※1)が続々と参入し、虎視眈々と日本市場を狙う。一方日本勢は、日航(JAL)が経営破綻、全日空(ANA)も青息吐息。新規参入組のうち自力で黒字化できたのは飛行時間1~2時間程度の大都市の間を小型機の単一機材(※2)による多頻度運航で結ぶ典型的なLCCのビジネスモデルを実現した、(1)スカイマーク(1998年羽田-福岡線から就航開始)と(2)スターフライヤー(2006年羽田-北九州線から就航開始)の2社に過ぎない。
2010年10月の羽田空港の国際線再開で流れが変わった。このチャンスをスカイマークが捉えた。話題の超大型機のエアバスA380で日本発着の欧米路線へ新規参入を表明したのだ。小型機で国内幹線中心に就航する日本版ローコストエアラインで国際線定期便の経験はない。本当に勝算はあるのだろうか。経営コンサルタントの視点から考えてみる。
2、マーケティング戦略が優勝劣敗を決める航空業界
航空会社の優劣を決めるのはほぼマーケティング戦略といって過言でない。航空会社はボーイング社かエアバス社から旅客機を購入し、国等が設置する空港を利用して航空機を運用する。このため機材や空港などハード面での差はほとんどつかない。高速道路という公共インフラを利用するビジネスを展開する高速バス会社の経営と似ている。鉄道会社(特にJRの新幹線)がエンジニア(設計技師)や基礎研究者を抱え、自ら車両や軌道、駅を開発・整備し、鉄道をオリジナルのプラットフォームとしたビジネス(エキナカや沿線の不動産開発等)を展開することで差異化を図るのと対照的である。航空会社がライバルと差をつけるには、サービスの向上や運賃の引き下げの原資となるオペレーションコストを大きく下げしか手はないのである。しかも、その手段は、(1)機材効率を上げることと、(2)人件費をいかに節約するかに限られる。人件費が割安な中進国や発展途上国に拠点を置くローコストエアラインが有利なはずである。
また、ほとんどの国で外資規制など当局の規制があるため、グローバルなM&Aは進まず、代替手段として航空アライアンスが発展してきたことも業界独特の特徴である。
3、スカイマークのマーケティング戦略は?
(1)スカイマーク長距離国際線参入の仮説
スカイマークが長距離国際線に参入する仮説として、(1)国内マーケットでのこれ以上の成長が困難なこと(羽田発着枠の制約)、(2)日航の経営混乱や国際線の羽田・成田発着枠の拡大、オープンスカイによる国際線の新規参入チャンスが生まれたこと、(3)日本発着の欧米路線はアジアを拠点とするローコストエアラインの参入が想定されないことなどが考えられる。恐らく、ハイイールド(高収益)の欧米路線で日航・全日空を相手にゲリラ戦を仕掛けるつもりなのだろう。ゲリラ戦では小規模な航空会社も勝機がある。
(2)大手とどう戦うのか?
実は、スカイマークの欧米線参入のモデルとなる航空会社は存在する。イギリスのリチャードブランソン卿が率いるヴァージンアトランティック航空である。欧州と米州を結ぶ大西洋路線でブリティッシュエアウエイズなど大手航空会社から顧客を奪い取ることに成功している。機材効率を上げ、人件費を節約すするなどしてコストを削減。コストダウンをサービスに還元する割安感のある運賃で差異化に成功したのである。
(3)想定されるスカイマークのマーケティング戦略
経営コンサルタントの視点からスカイマークが想定するマーケティング戦略を考えてみた。下図は、コトラーのSTPマーケティングのフレームワークで戦略を、マッカーシーの4P・マーケティングミックスのフレームワークで戦術を簡易分析したイメージである。このイメージはスカイマークが考える戦略・戦術と同じとは限らないが、全日空や日航が驚くような勝算のない戦いに挑もうとしているワケではないことが分かる。
マーケティング戦略の観点からみると、割安感のある運賃でプレミアムサービスを提供するため、標準座席数800席以上の超大型機のエアバスA380を導入し、半分以下の394席(ビジネスとプレミアムエコノミーの2クラス)とするのも納得できる。少なくとも、格安だけど狭苦しいシートの長距離国際線の格安航空会社を目指していないことは確かなようだ。ただ、スカイマークの使用機材は小型機のボーイングB737である。新たにエアバスA380の免許を持つパイロットや整備士を確保するなど、今後の経営を大きく左右する大規模な投資が必要となることは間違いないであろう。

4、スカイマーク長距離国際線参入に課題はあるのか?
スカイマークが長距離国際線参入に当たって、他にも検討すべき課題がある。まず、ブランドのポジショニングの観点からみると、スカイマークの長距離国際線事業は別ブランドとすることが望ましい。スカイマークといえば飛行時間が1~2時間の短距離国内線のノンフリルサービスをイメージする。しかも、日本発着の長距離国際線でのブランド力は日航(JAL)が圧倒的という現実がある。インバウンドマーケティング(欧米での集客)はアウトバウンドマーケティング(日本での集客)と比べてより厳しくなろう。また、1~2時間の近距離線と10時間もフライトする長距離線とでは、お客様の求めるものが異なるためビジネスのやり方は当然異なる。逆に言えば、羽田-上海など飛行時間が2~3時間程度の近距離国際線に関しては、既存のリソース(小型機(B737)による国内線のノンフリルサービスによる運航)を活用することで参入可能とも言える。次に、コストの観点からみると機材運用体系が長距離線と短距離線では異なるため処遇、給与体系等をそれぞれのビジネスに合わせて変えたほうが効率的と判断できよう。例えば、豪州最大手のカンタス航空は、傘下の格安航空会社を別ブランドのジェットスターとし、完全に独立した運営体制にすることで、成果を出している。
異業種から参入し、日本版ローコストエアラインのビジネスモデルを確立した西久保愼一社長が率いるスカイマークの二度目のチャレンジが、日本の航空業界の発展に繋がることを期待したい。
(※1)ローコストエアライン(LCC):割安な運賃を提供するために、機材稼働率や人件費を工夫することでオペレーションコストを下げた航空会社のこと。コスト削減を運賃に還元する格安航空会社(サウスウエスト航空、ライアンエア等)とサービスに還元するハイブリット型のLCC(ジェットブルー等)の2つのタイプに大きく分類できる。
(※2)例えば、エアラインのパイロットは機種限定免許(同時に2機種以上の免許は持てない)のため機種が少ないほどパイロットの稼動を改善し易くなる。整備士も同様に機種ごとの免許・資格が必要。
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