2009年08月26日
◆注目を浴びつつある「事業ポートフォリオ」
近頃、「事業ポートフォリオ」という言葉を新聞等でよく目にするようになったと思い、日経テレコンで調べたところ、案の定その通りであった。主要経済紙・雑誌において「事業ポートフォリオ」という文字が出現した記事の件数を調べると、2008年は58件と2002年の55件を上回り1999年以降で最高となった。さらに、今年も8月23日までに54件を数えており、昨年を上回り最高を更新するのは時間の問題である。事業ポートフォリオが経営課題としてひそかに注目を浴びつつあるのだろうか。
事業ポートフォリオという概念は古くからあり、ベストプラクティスとしてよく引き合いに出されるGEでは、1970年代に取り入れられた。そして、今もなお戦略的なグループ経営を進める上での重要な視点を提供する。日本においても、2000年の連結会計制度の導入もあって、以降多くの会社で事業ポートフォリオの考え方が広がり、選択と集中の議論が行われてきた。資本コストの概念を組み込んだ経営管理指標が採用され始めたのもこの頃である。
しかし、現実には実際に事業ポートフォリオの再構築を実施できている企業は、まだ少数派である。多くの企業では、事業の位置づけを論理的・定量的に分析しないまま、グループ戦略と言いながらも、実態としては単なる事業戦略の積み上げの経営を行っているのが実情である。中には、明らかに競争力を失っていながらも、過去の歴史の延長で、例えば創業事業だからという理由で事業を継続している、そうした事例も決して珍しくない。
冒頭に見たように、事業ポートフォリオという言葉が、経済メディア上で昨年来急増しているのは、現在の世界的な不況が、今の事業ポートフォリオのままでは今後立ち行かなくなることを露呈してしまった、そうした危機感の表れとも解釈できる。低成長下の時代、利用できる経営資源は限られている。その中で、持続的に企業価値の向上を実現するには、グループ全体としての事業の配置を絶えず見直し、選択と集中の実行を続けなければならない。経営者にとっては、今こそ、本当の意味で事業ポートフォリオの再構築を実施するチャンスの時期と捉えるべきであろう。
◆事業ポートフォリオ戦略策定に向けて
事業ポートフォリオの再構築には、まずはそれに向けた戦略を策定する必要がある。その最初のステップは、現状分析である。分析に使用されるフレームワークには、代表的なプロダクト・ポートフォリオ・マネージメント(PPM)やGEのビジネススクリーンなどがある。PPMは、成長率/市場シェアのマトリックスで事業を位置づける。また、ビジネススクリーンでは、業界の魅力度とその業界におけるポジションを9つのマス目で位置づけるものである。大和総研では、事業ポートフォリオの再構築は、企業価値の最大化を目的とするという観点から、分析フレームワークとして財務の視点を重要視している。採用する財務指標は、事業の特性や経営課題に応じて検討することになる。これによって、まずは各事業が重点強化事業(コア事業)や選択強化事業、維持縮小事業(ノンコア事業)のどこに属するのかを明らかにする。
実はこれまでの経験上、この分析過程で、ある困難にぶつかることが多い。それは、社内の管理会計が不完全なため、各事業区分の正確な定量データが入手できない、という事態である。すなわち、その企業はどの事業が本当に儲かっているのか、どの事業が赤字なのかが正確に把握できていないということになる。そして、そうした企業こそ、事業ポートフォリオ分析による各事業の「見える化」は必須の課題となっているわけで、できうる限りの努力をして各事業の実態を明らかにすることが何より先決である。
次の重要なステップでは、この現状の事業の位置づけを示した分析結果に基づき、各事業を今後3-5年間でどの位置に持っていくべきかを定めることになる。その過程では、各事業の戦略の方向性が検討される。こうして、あるべき事業ポートフォリオの姿が決まることで、最終的に経営資源の配分が決まってくる。
一方、こうした事業ポートフォリオ分析・戦略策定は、M&A戦略を策定する際にも有効なツールとなる。M&Aは、事業の買収や売却に他ならず、まさに、事業ポートフォリオの再構築を進める上で有用な手段である。M&Aと言うと、ややもすると持ち込み案件に対する場当たり的な検討になりがちであるが、事業ポートフォリオの枠組みによって、前もって外部資源の取り込みを検討しておくことは、重要な経営戦略策定のプロセスと言えよう。
大和総研では、このような事業ポートフォリオ分析とその戦略策定支援を、中期経営計画等の経営戦略策定に関わる重要なプロセスとして、また、M&A戦略策定支援の最初の重要な検討ステップとして提案しています。
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