2009年06月10日
少し前になるが、日本経済新聞朝刊『やさしい経済学-経営学のフロンティア』に神戸大学の三品和広教授の連載があった。その中で同教授は、日本製品が世界を席巻するようになった一方で、日本企業の売上高営業利益率は戦後一貫して低下傾向にあり、しかも同業の米国企業と比べて著しく低いことを指摘し(※1)、日本企業は「モノ造りで勝って、利益で負けた」と主張している。さらに、その問題の根は「カイゼン」にあるという。すなわち、「カイゼン」を製品に適用すれば素晴らしい結果となるが、事業に適用してPDCAサイクルを回すと戦略不全(※2)を招き、「壊れた主力事業にヒトとカネを張り付けてカイゼンしようと試みる日本では、事業の代謝が進まず、それが利益率低下の主因となっている」というのだ。
利益率低下要因の真偽はここでは触れないが、筆者も、日本企業においてはカイゼンに見られるようないわゆる「現場力」重視の意識が強く、このことが高い次元での対応-戦略レベルによる対応-を妨げ、より大きな問題の認識および解決を遅らせてしまうと感じることは多い。
では、なぜ日本企業にそのような傾向が見られるのであろうか。端的には技術への強い信仰、現場力そのものが高いことなどが要因としてあげられるが、深層では日本人の価値観が影響しているのではないかと筆者は考える。「与えられた条件・枠組みの下で切磋琢磨する」、「一度始めたことは最後までやり遂げる」といった考え方が我が国では高く評価される傾向にあり、その価値観に強く縛られ過ぎているのではないかと推察する。
この考え方は一面においては素晴らしいが、問題解決の範囲・レベルが限定され、より大きな問題に対処するのには限界がある。所与の条件・枠組みの中で努力する一方、状況に応じて別の新しい条件・枠組みを模索し、場合によってはこれまで行ってきたことを途中で止める勇気も必要となるのではなかろうか。
比較的同質な競争が展開される国内競争だけであるならまだしも、厳しさを増すグローバル競争の中で世界に伍して行くためには、現場力とともに戦略レベルでの対応が不可欠だ。そしてこの戦略レベルでの意思決定を確かなものにするために、形式的な組織体制整備にとどまらず、業務の執行と戦略の策定の分離を徹底して行うべきである。
現場を全く顧みない経営も問題だが、現場を重視するあまり現業の枠内でしか考えない経営などは言語道断である。現場業務の積み上げ=会社経営であっては決してならない。与えられた条件・枠組みの中で日々勤しむ現場の頑張りが、目先ではなく中長期的に報われるような戦略を講じるのが経営の役割であろう。
(※1)自動車産業は顕著な例外としてあげられている。
(※2)戦略が十分に機能しない状態。
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