ビジョン・中計はこうつくれ ‐コーポレートガバナンス・コードを踏まえて‐

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  • マネジメントコンサルティング部 主席コンサルタント 林 正浩

上場企業を対象とした企業統治指針「コーポレートガバナンス・コード」が2015年6月に適用開始となり、丸二年を迎えようとしている。この間、コード対応を契機として実効性のある企業統治体制を構築するとのお題目のもと、上場各社は様々な対応に追われた。結果、コード対応は相当程度進んだといって良いだろう(※1)。また、独立社外取締役の人数は、昨年時点でのTOPIX100構成銘柄に限ってみれば、平均で3.6名と5年間で1.6倍となっている(※2)。欧米企業に比して遅れているとされていた本邦企業のガバナンス体制は、少なくとも形式的には整備されつつあるといって差し支えない。


ステージは既に、本質的な部分、すなわち企業価値創造そのものに移行してきている。ROEを取り巻く議論にしても、真水部分であるエクイティ・スプレッド(ES)に注目が集まる。東証が主催する上場会社表彰制度においても「企業価値向上経営」の実践度合を見るに際し、スクリーニング基準として過去3年間のESを採用していることからも歯車が逆に回ることは考えにくい。


こうした中、コード「原則4-1」で掲げられている会社の目指すところ(経営理念)や中期経営計画(中計)はどうあるべきか、策定にあたっての要素はどう変わるのか、あるいは変わらないのか。貴社においてはしっかりと議論されているだろうか。この点に関しては、定石があるわけではなく、コード自体がプリンシプルアプローチであることを勘案すると、各社の「工夫」がカギを握る。そうはいっても何らかのたたき台が実務上必要であろう。


以上を踏まえ、経営ビジョンや中計の策定プロセスのど真ん中で対応に苦慮する経営企画部員やIR担当者に向け、「コード対応のビジョン・中計」の主要項目につき簡単に解説を試みたい。


コードの源流ともいえる「伊藤レポート」の基本的な考え方を踏襲しつつ昨今のビジョン・中計に不足しているエレメントを一部加味し独自に検討した。なお、ビジョン・中計(広い意味での企業価値創造プロセス)をどのような手順で策定するのか、どのレベル感で公表するのか、目標数値はローリングするべきか、固定で良いのかなど議論は尽きない。従い、あくまでも筆者の私見であることをお断りしておく。
以下のとおり、8つのブロックに分けて考察を試みた。1と2が序論、3~6がボディ部分、7と8は参考と結語といったところだろうか。

企業価値創造のストーリーラインを形づくる8ブロック
1. 反省・振り返り
ここまでの経営を振り返り、「プログレス」としてきちんと整理する。自社の過去と現在の状況をステークホルダーと共有するところからスタートする。抜けがちではあるが、いわば玄関口である。けじめをつけておこう。

2. 事業環境認識
自社を取り巻く事業環境をどうとらえているかについて考えを深める。戦略の変化は環境の変化をトリガーとしていることが多いだけにファクトと自社の見解を明確に区別して提示することが不可欠だ。一般論ではなく、自社にとっての事業環境として認識したい。

3. 独自性・オリジナル
「何が新しいのか」ここは徹底して突き詰めてほしい。伊藤レポートが強調する継続的なイノベーションの実現こそがコーポレートガバナンス・コードの目指す企業のあり姿であることを念頭におく。新しさの感じられないビジョン・中計は結果としてステークホルダーの期待を裏切ることになりかねない。

4. ポジショニング&事業ポートフォリオの最適化
中長期目線でとらえた場合、プレーヤーとしての自社の立ち位置や競合との関係は変化し、事業ポートフォリオの持ち方も変化するはずである。この変化をステークホルダーにどのように訴求するか。この辺りは各社腕の見せ所といえる。

5. 連携によるイノベーションの形
事業ポートフォリオの持ち方を大胆に変える、新規事業開発にドライブをかける。いずれも自社だけで完結することは、おそらく不可能であろう。どのような連携の形が考えられるのか、狭義のM&A戦略を超え全方位で検討をしていきたい。

6. 事業収益力高めるプラットフォーム
組織体制、ガバナンス体制、諸々の経営基盤の検討はぜひとも必要だろう。上記3、4、5との関係性の中でデザインし直すことが重要だ。事業展開におけるイノベーションのカタチと組織体制やガバナンス体制を一気通貫で考えよう。

7. 策定プロセス / 意思決定プロセス
公表する、しないは別だが、策定プロセスには目を配りたい。経営企画部が絵を描き、広報・IR部が投資家向け資料としてリメークをする。それを取締役会や経営会議で追認する。こんな誤ったプロセスを踏んでいないだろうか。総点検が必要だ。

8. トップマネジメントの所信
トップマネジメントがきちんとコミットしているか。計画のバリューはここにこそ宿る。ビジョン・中計の最後にトップの所信表明が入っていれば尚良いであろう。出しっぱなしに終わることなくモニタリングを怠らない。こうした決意表明がステークホルダーとの「約束」として欠かせないと筆者は考える。

いかがだろうか。これら8つの要素が有機的につながり企業価値創造を実現するストーリーラインとして結実する。貴社においても、「既存事業の更なる強化」「新規事業の開発」「経営基盤の整備」に代表される“惰性3点セット”で埋め尽くされる平板な中計から脱却し、企業価値向上のドライバーとしての「ほんとうのビジョン・中計」を、目指してみてはいかがだろうか。
東京オリンピックが開催される2020年を最終年とする「20中計(2018年-2020年)」の策定に奔走する責任者は特に立ち止まって考えたいものだ。


(※1)東京証券取引所が取りまとめた「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況」(2016年12月末時点)によると、市場第一部及び第二部合計で全原則実施を含めた実施率90%以上の企業は2,143社、全体の約85%にのぼる
(※2)参考資料:「コーポレートガバナンス 2017年総会シーズンに向けて 真のCG元年=2016年を総括する」(EY総合研究所 2017年1月)

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