「新製品売上高比率」がKPIとして果たす役割とは

~イノベーションにつながる管理と自由のバランスを考える~

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企業経営や人材マネジメントにおいて、目標設定や評価方法に悩むケースは少なくないだろう。特に、定量評価が難しいイノベーション創出や新製品開発のプロセスは成果の計測が難しい。本稿では、新製品開発に強みをもつ企業の事例を参照しつつ、数値管理と自由度のバランスについて考える。

次々と顧客ニーズを捉えた新製品を市場に送り出す、イノベーティブな研究開発型企業に共通する組織的な取り組みを見ていくと、新製品開発を加速するための様々な制度や仕掛けを取り入れていることが挙げられる。例えば、以下のようなものである。

  1. 新製品創出に対する取り組み姿勢の明確化(経営理念、ビジョン、行動指針など)
  2. 顧客・市場とのコミュニケーションの重視
  3. アイデアを尊重する組織風土の醸成
  4. アイデア提案から事業化までの各フェーズの評価プロセスの構築

上記1.の内容は、定性面が中心となることが多いが、新製品開発に長けた企業のなかには、「新製品売上高比率」をKPI(主要業績管理指標)として重視する企業がある。新製品開発に対する価値観や判断基準を共有することに加え、「どのくらい」新製品を出していくのか、という数値目標を示すことは、強力な経営メッセージとして社員に響くのではないだろうか。本稿では、新製品売上高比率をKPIとするケースにおいて、期待される効果と運用上の注意点について考察したい。

新製品売上高比率を重視する企業としては、米国3M社が有名である。同社は、過去5年以内に発売した新製品が売上全体に占める割合をNPVI(※1)と称し、NPVIを高めることに重きを置いている。同社のNPVIは指標化した2002年以降、安定的に成長しており、2008年には25%、2015年には32%に達しており(※2)、40%への成長を目指している(※3)。3Mといえば、業務時間の15%を自分の好きな研究に使ってもよい「15%カルチャー」や、アイデアを尊重する企業文化、新製品開発のゲート管理システムなど、新製品開発を後押しする様々な制度・しくみを持つことで知られる。全体として、一定の自由度を与える一方で、目標として高いNPVIを設定するという、自由と管理のバランスが、社員の自律的・主体的な取り組みを後押しし、うまく機能しているのではないだろうか。

「新製品売上高比率」がKPIとして果たす役割

そもそもKPI(主要業績管理指標)とは、売上や利益など、組織が達成すべき定量目標(KGI:重要目標達成指標)に対して、目標達成までの進捗度合を測る指標として使われるものである。KGIにつながるプロセス指標のなかで、特に重要なものがKPIとなる。上位のKPIに対して、その達成につながる下位のKPIを設定することもある。KPIは緻密に数多く設定すればよいというものではない。細分化しすぎると逆効果となるケースもあるため、あくまでも、本来の目的を見失わないことが大切だ。

経営メッセージとして、新製品売上高比率の数値目標を示すということは、見方を変えれば、その達成のために必要となるであろう、個々のプロセス、例えば、顧客ニーズの把握、既存製品の改良提案、自社技術と他社技術の融合、自社製品の他市場への展開、などにあらゆる手段を駆使して取り組み、結果を出す、というメッセージとも受け取れる。

「新製品売上高比率」をKPIとする際の注意点

  1. KPIの目的に応じた「新製品」の定義
    新製品売上高比率における「新製品」をどのように定義するか、という問題である。一般的には、画期的な新製品だけでなく、既存製品の改良品なども広く「新製品」としてカウントするケースが多いが、細かな定義は各社で異なる。また、発売からどれくらいの期間の製品を対象とするかについても、企業ごとに違いが見られる。前述の3Mでは発売から5年を基準としているが、3年以内、1年以内を対象とするケースも見られる。表では3Mに加え、新製品売上高比率を重視して開発に取り組む日本企業の例を示す。
    図表1:新製品売上高比率をKPIとする企業の事例

    このように、新製品売上高比率は一律の定義がなく、また事業領域によって製品開発の時間軸や開発スタイルが異なることを考えると、企業間の相対比較にはあまり馴染まない。むしろ、機能としては、ビジネスモデルや事業ポートフォリオ等とあわせて「自社がどのような姿を目指すのか」というメッセージ性の方が大きいのではないだろうか。したがって、このKPIを用いることで、自社では何を達成したいのか、という目的に応じた「新製品」の定義をする必要がある。

  2. 新製品創出を後押しする制度・仕掛けの組み合わせ
    次々と新製品を上市するには、そもそも多くのアイデアが生まれ、議論される必要がある。新製品候補のすそ野を広げると共に、開発の質とスピードを高める工夫をうまく社内制度やITシステム等で取り入れたい。3M社の取り組みはこの一例といえる。
    他にも、例えば化学メーカーD社では、「社員提案制度」を有効に機能させるための様々な工夫が特徴的だ。同社は、新製品寄与率(1年以内に販売した新製品が総売上高に占める割合)10%を目標としている。1980年代に「社員提案制度」を導入し、2010年度には新製品や業務改善提案の応募件数は36,000件を超えるという。同社は、提案内容を関連部署や担当者が検討した後、必ず提案者に返事をしており、さらに、提案をポイント化して上位者を表彰するといった取り組みを続けている。社員提案制度自体は、決して珍しいものではないが、制度が形骸化して機能しなくなったという話を耳にすることも少なくない。提案者へのフィードバックは人材育成の観点からも重要であり、この手間を惜しまず取り組むことは制度をうまく機能させる鍵になるはずである。
  3. 長期的な開発をどのように位置づけるか
    一方で、新製品売上高比率をKPIとする際に問題になりやすい点としては、短期的に結果の出やすいテーマばかりが評価され、10年、20年先を見据えた研究開発テーマや、開発リスクの高いテーマに取り組みづらくなることを指摘できる。例えば、素材開発で培った技術を医薬品へ応用できないかと検討する場合、医薬品開発にかかる投資や開発リスクをどのように評価するのか。この場合、既存事業の延長上にある製品開発と、長期的な新事業創出をにらんだ製品開発では、評価方法を変えることが望ましい。特に後者については、目標数値の設定が馴染まないケースもあるため、KPI管理の対象については議論のうえ考え方を共有しておきたい。

新製品売上高比率、さらにその下位のKPIをどこまで細かく数値管理し、一方でどの程度の自由度を与えるか、そのベストバランスは企業や組織ごとに異なるものである。(さらに言えば、個人によっても異なるだろう。)

KPI設定とそれを後押しする制度や仕掛けをうまく機能させることは容易ではないが、自社の社員の顔をイメージしながら丁寧にこのプロセスに取り組むことは、継続的なイノベーション創出につながる土壌づくりとして決して軽視できない部分といえる。


(※1)NPVI:New Product Vitality Index
(※2)3M 2016 Sustainability Report / 3M 2014 Sustainability Report
(※3)(参考)3M CEO: Research Is 'Driving This Company'(CBNC U.S. News 10 Jun 2013)

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