医療ツーリズムと医療の国際化

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  • 瀬越 雄二
1. 急速に拡大する医療ツーリズム
我が国では、長年、医療サービスは国内で受けるのが常識であったが、この状況は最近国際的に変わりつつある。自国以外で医療サービスを受けるという所謂「医療ツーリズム」現象等がその現れである。アジアの渡航先としては、タイ、シンガポール、インド、マレーシア、等が有名である。最近では、韓国、中国、台湾も名乗りを上げており、我が国においても、政府は2010年6月に医療ツーリズムを国家戦略プロジェクトの一つとして新成長戦略の中で位置付け、遅ればせながら名乗りを上げている。2008年現在の医療ツーリスト数は年間600万人と推計され、市場規模は2012年には1000億ドルに達することが予想されている。但し、これはあくまで医療ツーリズムに限定した数値である。サービス貿易(trade in service)の観点から見ると、医療分野におけるクロスボーダーの商業活動は拡大し市場規模は益々大きくなる。
2. 医療サービス貿易
医療サービス貿易とは、サービス貿易のひとつであり、医療サービス分野における国際取引を指す。サービス貿易は概してモノの貿易とは異なり、通常、関税措置ではなく分野毎に規定される国内規制が貿易障壁となる。現在では、サービス貿易の拡大に伴い、「サービス貿易に関する一般協定」(通称「GATS」)が開発途上国を含む多数国間で締結されている。GATSは、サービス貿易を「越境移動」、「国外消費」、「商業拠点」、「人の移動」の4つに分類する。これを医療サービス分野に適用すると以下の通り、当該セクターのほぼ全容が見えてくる。
医療サービス貿易の4形態
3. 東アジアにおける医療サービス貿易
医療ツーリズムは、上記の分類で言うと、第二分類の「国外消費」に該当し、四つの分類のひとつに過ぎない。医療サービス貿易という場合には、第一分類、第三分類および第四分類が加わる。米国の病院がバックオフィス業務をフィリピンの事業会社に業務委託しているケースは第一分類に該当する。また、近年、シンガポールをはじめとして東アジアで増加している外国資本による病院の買収または出資は第三分類に該当する。最近の新聞報道によると、シンガポール政府は外国資本による不動産投資よりも病院投資を歓迎する意向を示している。更に、タイ等では既に株式会社形態を取る病院が多く証券取引所に上場され、更には、病院株式に集中投資するPEファンドの設立に向けた動きも市場に垣間見られる。翻って我が国においては、医療サービス貿易は「医療の国内化」原則が堅持されていることから、目立った動きは見られない。例外的に、幾つかの民間病院による中国病院との資本業務提携(第三分類)または一部の経験豊富な医師による海外医療行為(第四分類)が見られる程度である。医療サービス関連の商品貿易については、近年、政府を中心に先端医療機器の輸出が研究されており注目されている。医療サービス貿易が現在どの程度の規模に達しているか興味深いところであるが、実際には利用可能な統計資料はないのが実情である。最も参考となるのはWTOの統計資料であるが、決して実際を反映した数字ではない。
医療分野における貿易促進は、消費国または提供国のいずれにおいても公衆衛生の問題と抵触するものではなく、より競争的な環境において効率的な医療サービスの提供を目指すものである。また、それは、単なる規制緩和を意味するものではなく、より良い規制の実現を意味している。我が国でも、医療サービス貿易の促進に向けた動きが益々増えることを期待したい。

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