特定社会福祉法人における退職給付債務の算定方法検証の必要性

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平成28年3月31日に「社会福祉法等の一部を改正する法律」が成立し、平成29年4月1日から改正社会福祉法が施行されることとなった。今回の改正は、福祉サービスの供給体制の整備及び充実を図るためのものであり、経営組織のガバナンス強化及び事業運営の透明性の向上といった社会福祉法人制度の改革や、介護人材確保に向けた取組の拡大及び福祉人材センターの機能強化といった福祉人材の確保の促進が改正の中心となっている。
この内、経営組織のガバナンス強化の1つとして、平成29年4月1日以降に開始される事業年度から、一定規模を超える社会福祉法人(以下、特定社会福祉法人(※1))には会計監査人による法定監査が導入される。これに伴い、特定社会福祉法人の会計処理については、一般企業並みの内部統制や財務情報の信頼性が求められることになる。特定社会福祉法人の会計処理には、有価証券の評価基準及び評価方法、固定資産の減価償却の方法、引当金の計上方法など様々な処理があるが、この内、退職給付引当金の計上のために必要となる退職給付債務の算定方法についても、会計監査人による法定監査が行われる。


●社会福祉法人における退職給付債務の算定方法
厚生労働省から公示されている「社会福祉法人会計基準」には、退職給付引当金を負債に計上することが定められており、退職一時金制度を定めている社会福祉法人は、退職給付引当金を負債に計上するために退職給付債務を算定する必要がある。
退職給付債務の算定方法には以下の2つの方法があり、退職一時金制度における計算対象の職員数により採用する算定方法が異なる。
(1)原則的な方法(職員数300人以上)
職員の退職により見込まれる退職給付のうち、期末までに発生していると認められる額を割り引いて計算する。
(2)簡便な方法(職員数300人未満)
期末要支給額を計上する等の簡便な方法を用いて計算する。
厚生労働省から公示されている「社会福祉法人会計基準の制定に伴う会計処理等に関する運用上の留意事項について(平成28年11月11日)」(以下、「会計処理に関する留意事項」)において、職員数が300人以上であっても以下の条件を満たす場合は、退職一時金に係る債務について期末要支給額により算定することが認められている。
・年齢や勤務期間に偏りがあるなどにより数理計算結果に一定の高い水準の信頼性が得られない場合
・原則的な方法により算定した場合の額と期末要支給額との差異に重要性が乏しい場合


●原則的な方法による計算では退職給付債務が増大する可能性も
原則的な方法により算定した退職給付債務は、法人における過去の実績等から求めたパラメータ(基礎率等)を使用した将来の予測計算に基づく数値であるのに対し、期末要支給額は期末時点で全職員が退職すると仮定した場合に支払われる退職金の総額で、将来の予測を含まない確定値である。
採用している退職給付制度や職員の人員構成にもよるため一概に言えないが、一般企業においても、原則的な方法により算定した退職給付債務が期末要支給額よりも大きくなる事象が多数みられた。特定社会福祉法人においても、簡便な方法から原則的な方法に変更した場合は、一般企業と同様に退職給付債務が増大することが考えられるだろう。


改正社会福祉法の施行により、特定社会福祉法人にとっては法定監査に向けて法人内の内部統制や会計処理に関するリスクを低減することが課題となってくるだろう。こうした中で財務報告の信頼性を確保するためには、財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性がある情報の信頼性を高めることが必要になる。一般企業と同様、特定社会福祉法人における退職給付引当金の金額が財務諸表に及ぼす影響は大きいものと思われる。財務諸表における情報の信頼性を高めるためにも、例えば、前年度まで簡便な方法で退職給付債務を算定している特定社会福祉法人は、「会計処理に関する留意事項」を適用し法定監査に備えて原則的な方法による退職給付債務の試算と期末要支給額の比較を事前に行うなど、今一度、退職給付債務の算定方法について検証する必要があるだろう。


(※1)前年度の決算において、収益30億円超または負債60億円超となる社会福祉法人

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