退職給付会計IFRS任意適用にあたって留意すべき点

~早めの数値把握と業務フローの確認を~

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  • コンサルティング第三部 主席コンサルタント 市川 貴規

IFRSを適用する日本企業が増加している。日本取引所グループHP(※1)によれば、IFRSの適用もしくは適用する旨を公表した企業は、本稿執筆時点で125社に至っており、今後もこの増加傾向は続くと予想される。弊社にもIFRS適用時の退職給付会計の取り扱いについて数多くのお問い合わせを頂いており、その関心の高さを伺うことができる。


日本の退職給付会計基準(以下、日本基準)は、2012年改正(IFRSとのコンバージェンス)によって、IAS19(※2)との差異は概ね解消している。しなしながら、実務に目を向ければ、まだ重要とされる差異の一部が残されており、IFRSの適用にあたっては、日本基準の2012年改正対応に引き続き、さらなる議論と検討が必要になるであろう。本稿では、日本基準とIAS19の差異のうち、実務上の影響が大きい「割引率のアプローチ法とその運用」および「簡便法の適用」について、その留意点を簡単に整理してみた。


まずは、退職給付債務(IAS19では確定給付債務という)等の算定に用いられる割引率のアプローチ(以下、AP)法である。日本基準において、割引率は「イールドカーブ直接AP」「イールドカーブ等価AP」「デュレーションAP」「加重平均期間AP」の4パターンのAPが示されており、各企業がそのAP方法を選択できるようになっている。一方、IAS19の数理実務基準(ISAP3)にも日本基準と同様に、割引率について、

  1. フルイールドカーブ
  2. イールドカーブに基づく単一の加重平均割引率
  3. 債券モデルに基づく単一の加重平均割引率
  4. 代替アプローチ

の4パターンが示されている。日本基準の「イールドカーブ直接AP」は上記の(a)、「イールドカーブ等価AP」は(b)に該当するとされているが、日本企業の多くが選択している「デュレーションAP」や「加重平均期間AP」は、上記の(a)~(c)には該当しないため、(d)として認められるかの検討が必要になる。(d)の採用にあたっては、ISAP3にて、「予測給付キャッシュフローのデュレーションとその形状を考慮すべき」とされているため、その形状が考慮されていない(※3)日本基準の「デュレーションAP」や「加重平均期間AP」をそのまま(d)として使用することは難しいだろう。ただし、(a)や(b)と定量的に同等と扱うことができれば、(d)として認められるとの趣旨の記載もあることから、実務的には、(a)や(b)との定量的同等性の検証を行い、かつそれが認められるという条件付きでの採用になることが考えられる。これらを考慮すれば、IFRSの適用にあたっては、日本基準の「イールドカーブ直接AP」や「イールドカーブ等価AP」、すなわち、上記(a)もしくは(b)を採用する企業が多くなっていくのではないかと予想している。


また、日本基準で認められている重要性基準に関しても留意が必要である。日本基準では期末決算日における金利が、前期末決算日と比較して重要な変動が無い場合に限り、前期末決算と同じ割引率を用いて退職給付債務等の計算を行うことができる。一方、IFRSではこのような重要性基準が認められていないため、毎期決算日時点の金利を参照した割引率を使用することが原則となる。これにより、決算期毎に異なる割引率を使用することになり、結果的に、退職給付債務等の数値変動リスクが高まるだけでなく、期末日前に策定した予算数値と実績値との乖離といった問題も生ずる。また、前述した「イールドカーブ直接AP」や「イールドカーブ等価AP」の採用と併せて、「期末決算日時点の割引率を反映したアクチュアリーレポートの入手」といった、実務上、ハードルの高い業務フローが必要になることも意識しておくべきだろう。


次に簡便法の適用について考えてみたい。IAS19では日本基準で認められるような簡便法を用いて数値を算出するような方法は認められていない。ただし、「場合によっては簡便的な計算によって算出された結果が、詳細な計算(原則法による計算)結果の近似値として信頼できる場合にのみ認められる」ともされている。すなわち、現在、日本基準における簡便法を用いている企業は、IFRSの適用にあたって、一旦は原則法での計算による検証を行い、近似値として信頼できるか否かの判断を行う必要がある(※4)。従って、簡便法を適用している連結子会社を数多く持つ企業の担当者にとっては、金額的なインパクトや、事務負担が大幅に増えるリスクを事前に認識しておくべきであろう。


本稿で指摘した事項以外にも、IAS19との重要な差異として、「死亡率改善の織り込み」「確定給付企業年金制度を有する場合の資産上限額の算定」「感応度分析や数理計算上の差異分析等の開示対応」等、事前に検討しておくべき事項はまだまだ残されている。IFRSの適用にあたって、自社にとって最適な選択ができるよう選択肢毎の定量的な分析と、それに伴う業務フローの確認等、早い段階から準備に取り掛かることがスムーズな移行につながるのではなかろうか。


(※1)http://www.jpx.co.jp/listing/others/ifrs/index.html
(※2)退職給付会計において、IFRSを適用するにあたってはIAS19「従業員給付」に従うことになる。
(※3)予想キャッシュフローのデュレーションは考慮されているが、形状は考慮されていないとされている。
(※4)金額的な重要性が小さいと判断される企業の場合には、検証せずにそのまま日本基準の簡便法を使い続けることも考えられる。

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