退職給付会計における割引率の設定に関する実務対応について

~「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」における各アプローチの特徴~

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1.割引率の設定


退職給付会計基準が2012年5月17日に改正されたことを受け、日本年金数理人会及び日本アクチュアリー会は同年12月25日に「退職給付会計に関する数理実務基準」、及び「退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」(以下、「数理実務ガイダンス」という。)の全文改定を行った。


この数理実務ガイダンスには、イールドカーブの推計方法、具体的な割引率の設定アプローチ、割引率の変更に関する重要性、期末における割引率の合理的な補正等が記載されている。


本稿では、割引率の設定アプローチを実際に選択する際に、考慮すべき事項である「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」について、その留意点を解説したい。


なお、数理実務ガイダンスにおいて割引率の設定アプローチは、イールドカーブ直接アプローチ、イールドカーブ等価アプローチ、デュレーションアプローチ、加重平均期間アプローチの4アプローチに区分されているが、本稿では加重平均期間アプローチはデュレーションアプローチの特殊な形であるとみなして、3つの区分に分類の上、検討を行っている。
 


2.割引率設定アプローチ毎の特徴

①イールドカーブ直接アプローチ

このアプローチは、期間帰属後の退職給付見込額を、給付見込期間に応じたイールドカーブ上のスポットレートで割り引くアプローチである。このアプローチは、キャッシュアウトのタイミングに応じて、当該期間に対応する金利で割引計算を行うため、理論的な明確性に優れている。


ただし、「重要性の判断」として「期末の割引率を用いて退職給付債務の再計算を行わなければならない範囲」に該当するかどうかの目安となる、数理実務ガイダンス付録1のマトリックス表は使用できない。

このため、「重要性の判断」については、次のいずれかの手法を用いる。

  • エフェクティブ・デュレーションを使用して退職給付債務の近似額を算定して、乖離幅を測定する。
  • 期末時点のイールドカーブを用いて再度、退職給付債務を算定して、乖離幅を測定する。

その結果、再計算を行わなければならない範囲に該当した場合には、近似額又は再算定額を期末割引率適用による補正額とする。

なお、このアプローチにおける退職給付債務の近似計算では、データ基準日時点におけるイールドカーブと期末時点におけるイールドカーブを比較して、それらがパラレルシフトしているという前提が置かれている。実際には、2つのイールドカーブがクロスすることもあり得るので、そうした場合にパラレルシフト値をどのように算定するのかは実務上大きな課題となる。

②イールドカーブ等価アプローチ

このアプローチは、上記①のイールドカーブ直接アプローチにより算定した退職給付債務と等しくなるような退職給付債務を導き出す割引率を、単一の加重平均割引率とするアプローチである。


どの程度の精度を求めるかにもよるが、基本的には何度かの退職給付債務計算を行い、徐々にイールドカーブ直接アプローチによる結果に近づけて行く必要があり、退職給付債務の算定に相当な負荷がかかることになる。


また、「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」に関しては、データ基準日時点のイールドカーブに基づく単一の加重平均割引率と、期末時点のイールドカーブに基づく単一の加重平均割引率の2つを用いて実務処理を行うことになる。


以下に説明する近似計算等の手法を活用する観点からは、真値が得られている前提で、期末時点のイールドカーブに基づく単一の加重平均割引率を、上述のようにシミュレーションを繰り返して徐々に近づけて求めることは現実的ではない。


このため、データ基準日時点のイールドカーブに基づく単一の加重平均割引率に、イールドカーブのパラレルシフト値を加減して、期末時点のイールドカーブに基づく単一の加重平均割引率を求めることが、一般的な取り扱いになるものと考えられる。なお、イールドカーブのパラレルシフト値の算定に関しては、上記①のイールドカーブ直接アプローチを採用する場合と共通の課題が存在する。

「重要性の判断」については、次のいずれかの手法を用いる。

  • 期末時点のイールドカーブに基づく単一の加重平均割引率を用いて数理実務ガイダンス付録1のマトリックス表を使用する。
  • マコーレー・デュレーションを使用して退職給付債務の近似額を算定して、乖離幅を測定する。
  • 二点補正により期末時点の退職給付債務の近似額を算定して、乖離幅を測定する。
  • 期末時点で再度、退職給付債務を算定して、乖離幅を測定する。

そして、再計算を行わなければならない範囲に該当した場合には、数理実務ガイダンス付録1を用いる場合を除いて、既に計算されている近似額又は再算定額を期末割引率適用による補正額とする。数理実務ガイダンス付録1を用いる場合には、いずれかの手法により近似額又は再算定額を算出して、それを期末割引率適用による補正額とする。

③デュレーションアプローチ又は加重平均期間アプローチ

このアプローチは現行の割引率設定の考え方に近いものとなっている。現行では、一般的に平均残存勤務年数に応じて、一定の割引率を設定している。この際に割引率をイールドカーブから読み取る期間、つまりイールドカーブのグラフにおける横軸が、平均残存勤務年数からデュレーション、又は加重平均期間に変更となったものが、それぞれデュレーションアプローチ、又は加重平均期間アプローチである。 


平たく言えば、平均残存勤務年数に退職給付見込額のうち期末までに発生している額を加味して求めた期間が加重平均期間であり、加重平均期間に割引率による現価率を加味して求めた期間がデュレーションとなる。こうしたことから、マコーレー・デュレーションを求めるためには、一定の割引率を予め設定しなければならない。


また、この一定の割引率を0%と設定した場合のデュレーションが、加重平均期間に該当する。設定した割引率が大きければ大きいほど、先々のキャッシュアウトの金額的な重みは軽くなる。


このため、デュレーションの中では加重平均期間が最長となり、期間とともに金利が上昇する順イールドのケースでは、割引率が最も大きくなる。つまり、加重平均期間アプローチにより求めた割引率で算出された退職給付債務が、このカテゴリーの中では最小となる。


なお、「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」に関しては、上記②と同様の実務対応となるが、留意すべき事項が1点ある。


単一の加重平均割引率は、同一事業主で1つのデュレーション又は加重平均期間を算出し、1つの割引率を設定することが一般的であると考えられる。しかし、例えば、退職給付制度が退職一時金と終身年金の2本建てのケースでは、制度毎のデュレーション又は加重平均期間が極端に異なる場合もある。こうしたケースでは、制度毎にデュレーション又は加重平均期間を求めて、制度毎にそれぞれ単一の加重平均割引率を算出することも認められている。


むしろ、キャッシュアウトまでの期間が相当程度異なるのであれば、別々に割引率を設定する方が合理的とも考えられる。ただし、こうした取り扱いを選択する場合で、「重要性の判断」について数理実務ガイダンス付録1のマトリックス表を使用するケースでは、事業主全体ではなく、それぞれの制度毎に10%以内の乖離幅を判断することしかできないため、事前に対応を検討する必要がある。


以上で解説した内容を、以下に比較表としてまとめた。

「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」における各アプローチの特徴
「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」における各アプローチの特徴

3.選択の方向性


上記2で解説したとおり、③のデュレーションアプローチ又は加重平均期間アプローチは、一見、現行の実務に近いため、大和総研が2012年11月に実施したセミナーのアンケート集計結果でも50%を超える選択割合となっている。しかし、その反面、デュレーションや加重平均期間といった新しい概念やそれらを用いた近似計算等については、理解できているという回答は少なかった。


デュレーション等の概念が理解できないまま、新退職給付会計基準における選択を進めてしまうと、実務上支障をきたすことも考えられる。


こうした点を考慮すれば、期末時点でイールドカーブを使用した再計算が可能なケースでは、イールドカーブ直接アプローチも有力な選択肢と考えられる。このため、同アンケートでもイールドカーブ直接アプローチについては、30%を超える選択割合となっている。


割引率の設定を一つとっても、受託機関から実際に提供されるソリューション、事業主として理解すべきデュレーション等の概念、実務上の使い勝手の良さ等、主体的に検討すべき項目が多岐にわたっており、新会計基準適用までに残された時間は決しては長くはない。

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