2017年10月05日
フィリピンは、2014年に推計人口が1億人を超え、平均年齢が約23歳と若い労働力の豊富な国である。日本企業にとっても、消費市場としてあるいは生産拠点として魅力的な進出先国の一つだ。一方で、事業環境の面では依然として道路や空港など公共インフラの未整備が問題点として指摘されている(※1)のだが、昨年発足したドゥテルテ政権は、「ビルド・ビルド・ビルド」と呼ばれる大規模なインフラ整備計画を現在強力に推し進めている。これは、今年から2022年までの6年間で約8兆ペソ(約17兆円)を投じて、首都圏交通網や空港等の整備を行うものである。政府は脆弱なインフラの整備を進めることで、雇用の創出、国民所得の向上、そして投資環境を強化し、持続的な経済成長の実現を後押ししたい考えだ。
インフラ整備については、アキノ前政権も目玉政策の一つに掲げてきた。ただし、前政権が民間資金を活用した官民連携方式(PPP: Public-Private Partnership)中心に進めようとしていたのに対し、現政権はPPPへの依存度を減らし、政府財源による公共投資と政府開発援助(ODA)による借款を併用するハイブリッド方式に軸足を移した点が大きく異なる。背景には、前政権時のPPPでは、民間事業者の選定などで事業の遅延が幾度となく発生し、結果的に案件の実現性が乏しく成果がはかばかしくなかったなどの経緯がある(※2)。ドゥテルテ政権は早期のインフラ整備を進めるにはPPP依存からの脱却が必要と判断したようだ。
政府の公式ウェブサイトによると、「ビルド・ビルド・ビルド」では2017年9月27日時点で69のインフラ整備プロジェクトが予定されている。内訳は、道路・橋梁整備20件、空港整備18件、鉄道整備11件、新都市整備7件、大量輸送6件、治水3件、港湾整備3件、IT1件である。予算金額ベースでは、鉄道が57%と最大で、以下、道路・橋梁が15%、新都市が13%と続く。

予算規模が最大の鉄道整備は、主に渋滞が深刻化しているマニラ首都圏の混雑解消やマニラの中心と周辺地域との交通アクセス改善や物流の円滑化につながるものであり、大型案件が多い。例えば、マニラ首都圏初となる地下鉄整備計画(2,270億ペソ)は、ケソン市のミンダナオ・アベニューからパラニャーケ市のニノイ・アキノ国際空港をつなぐものである。また、新都市整備は、マニラ首都圏の過剰な人口集中の緩和をめざし、マニラから北に100km強離れたクラーク特別経済区の一画に計画されている新クラーク都市開発に関連するものが主となっている(スポーツ複合施設建設、政府施設建設、様々な所得層向け住宅の開発など6件で2,196億ペソ)(※3)。大型案件の多くは、前政権から引き継いだものが多いのも特徴だ。

PPPからのシフトということで、大規模なインフラ整備を民間資本に依存せずに推進するためには、当然ながら財源の確保が課題となる。そのため、政府は現在、税収増に向けて包括的な税制改革を断行するとともに、他国からの資金支援を引き出すべく積極的な外交を進めている。前者については、第一弾となる法案がさる5月に議会(下院)で可決され、現在、上院にて審議中である(※4)。後者の代表例は、南沙諸島の領有権をめぐる対立から関係が悪化していた中国に対して、フィリピンが歩み寄りの姿勢を見せたことで、関係改善から240億ドルもの巨額支援の約束を取り付けたことがあげられる。日本からも本年1月に1兆円規模の官民支援の約束を取り付けている。
ドゥテルテ政権は発足から1年が経過したが、今のところインフラ整備面での成果は着実にあがりそうな雲行きだ。財源が審議中の税制改革に左右され、一方で借款による対外債務が増大するといった懸念は少なからずあるものの、計画しているインフラ整備が想定通りに進めば、マニラ首都圏の交通渋滞の緩和やそれに伴う物流の円滑化などから事業環境が大きく改善されよう。無論、これにより海外からの直接投資の誘致が一層進むことも想定できる。引き続きドゥテルテ大統領のスピード感を持った実行力に大きな期待を寄せたいところである。
(※1)例えば、世界経済フォーラムの「世界競争力報告2016-2017」。これによれば、フィリピンのインフラ整備状況は138ヵ国中95位で、近隣のインドネシア(60位)やベトナム(79位)と比べても低い評価になっている。
(※2)アキノ政権下の6年間で実現(完了)したPPPでの事業は、有料道路2件、高架鉄道のICカードシステム、小学校の校舎の建設にとどまっている。
(※3)アジアンインサイト「フィリピンの環境配慮型都市構想にみる事業機会」(2015年8月31日)参照
(※4)同法案には、法人税・個人所得税の減税、石油製品、砂糖飲料、自動車等の物品税増税などが含まれている。
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