2016年01月22日
近年、インバウンドとアウトバウンドの両面で日本の医療機器・サービスの国際展開が活発に行われており、日本政府も、相手国政府機関との協力関係構築、医療分野に関する日本の経験の共有、海外進出を目指す医療法人や医療機器メーカーに対する市場調査や事業化可能性調査の支援、医薬品や医療機器の審査早期化に向けた政策対話等、様々な支援策を提供している。
アジア新興国は、急激な人口増加の中で医療インフラの整備が急務である一方、生活スタイルの変化によって生活習慣病が増加する等、変化する疾病構造への対応に迫られている。一方で中・高所得層の増加によってより質の高い医療サービスに対する需要の高まりも見られることから、日本の医療機器・サービスの進出先として注目されている。こうした中、日本企業の海外展開先としてのみならず、医療機器・サービスの市場としても高い関心を集めているベトナムにおいて、医療機器・サービスの市場を大きく変容させる可能性を持つ制度改革が進行中である。
ベトナムにおける医療サービスは、主として行政単位に対応して設置された病院、診療所等の公的医療機関によって提供されており、公的医療保険制度がこれら医療機関における医療サービスの基盤となっている。ベトナム政府はユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(全ての人が基礎的な保健医療サービスを必要なときに負担可能な費用で享受できる状態(WHO))の実現に向けた主要な取り組みの一つとして国民皆保険を掲げているが、加入率は約67%(2012年)に留まっている。同課題への対応として2014年に医療保険法の改正(2015年1月施行)が行われたところだが、これに続く大きな改革として、保健省は、2017年末を達成期限として、健康保険が適用される公的医療保険の給付対象を定義した基礎的保健サービスパッケージ(Basic Health Service Package: BHSP)の策定と診療報酬制度の改革に取り組んでいる。
公的医療保険を含めた社会保障制度はベトナム社会保障庁が一元的に管理・運営するが、公的医療保険が適用される447の医療サービスと医薬品の範囲、医療サービス料金の上限は保健省が定めている。各公的医療機関の診療費は上限の範囲内で地方政府が定める。BHSPの策定は、健康保険が適用されるサービスの質を改善するため、保険適用対象リストを全面的に見直すものであり、適用範囲が一気に拡大すると予想される。ベトナム市場に参入を考える機器・サービスがBHSPに掲載されていれば公的医療保険の適用対象となるため、市場参入の可能性が高まる。また、診療報酬制度及びその基礎となる診療行為のコスト算定の見直しは、医療機関がコストに見合った診療報酬を得ていない現状を踏まえて行われるため、診療報酬額は引き上げられる方向にあり、医療機関が新たな機器・サービスを導入する余地が拡大し、同様に市場参入の可能性を高める可能性がある。一方で、BHSPに掲載されない機器・サービス、診療報酬額が引き下げられた項目に関連する機器・サービスは、ニーズの有無を確認する試験的な導入であればよいが、本格的な市場参入を考える場合は大きく不利になるだろう。
ベトナムで展開しようとする機器・サービスのターゲットが、自費負担をいとわない、または民間医療保険を利用する中・高所得者層であれば、公的医療保険の適用はそれほど重要な要素ではないだろう。しかし、基本的な医療サービスで利用されることを念頭に置いた機器・サービスや、公的医療機関に幅広く導入を図りたい機器・サービスである場合、BHSPの策定と診療報酬制度の改定を注視する必要がある。2017年末を目途にとりまとめられる予定の医療保険制度改革がベトナムの医療機器・サービス市場を大きく変える可能性がある。
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