中国経済の不均衡調整(3)—その可能性と近隣諸国への影響

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消費が成長をけん引できるか?
そこで、投資を消費によって代替し、ある程度の成長率を維持していくことができるのかどうかが、中国経済が中長期的にリバランスを達成し、持続可能な成長軌道に乗るための鍵となってくる。中国で個人の貯蓄率が高く消費が伸びてこなかった原因としては、様々指摘されているが(2011年8月8日アジアンインサイト)、大きな要因は、ひとつには、賃金所得の伸び悩み(その結果としての所得格差の拡大)、ふたつ目は、政府による教育・社会保障等の公共支出が不十分で、将来への不安から貯蓄が増加する傾向にあったことである。しかし何れについても、近年変化の兆しが見られる。

第一の点については、最低賃金の引き上げであり、これが賃金所得の伸びを加速させていることである。最近の動向を見ると、2011年、24の省・直轄市・自治区で、見込み(年13%)を大きく上回る平均22%の引き上げが実施されており、なかでも中西部の引き上げ幅が大きく、特に、四川、西蔵、海南は30%の引き上げとなっている(社会科学院 経済青皮書2012年春季号等)。

第二の点については、政府の教育・社会保障・医療衛生等公共支出の増加傾向が見られることであり、これら公共支出が個人消費の拡大にプラスに働くことは明らかである。中央・地方合計の公共支出を見ると、特に医療関係、保障性住宅関連支出の財政支出全体に占めるシェアが上昇傾向にある(2007年から2010年にかけ、各々、4.4%⇒5.3%、0%⇒2.6%へ上昇)。2012年中央予算を見ても、総額では対前年実績比13.7%の伸びだが、教育16.4%、文化・体育18.7%、医療衛生16.4%、社会保障21.9%、住宅保障23.1%と、個人消費に影響すると思われる公共支出は、いずれも相対的に高い伸びが見込まれている。特に2009-2011年の医療改革(医薬・医療衛生関係中央財政支出を大幅に増加させること、都市部・農村双方において、医療保険加入者を増やしていくこと、地方の医療機関を整備すること等が柱)の実施は、中国では、長らく「看病難、看病貴(受診難で、かつ医療費が高い)」が民生上の最大の問題とされてきただけに、その個人消費に与える影響は大きい。国際的にも、世界銀行やWTOのデータから見ると、個人の医療費負担の減少と消費支出の間には強い正の相関が見られており、中国でも、医療費の負担軽減が個人消費の増加に繋がっていくことが期待される。

短期的には、中国経済の構造的な不均衡問題をもって、ハードランディングが生じるおそれがある、あるいは現在の成長モデルが危機的状況になっている等まで懸念する必要はないと思われるが、中長期的には必ず不均衡の是正が必要となってくる。近年の上記のような動きから見る限り、消費が投資にとって代わって、成長のけん引力になっていくことは充分可能であると考えられるが、そのためには、政府が、たとえ困難を伴っても、大胆な改革をさらに進めていくことが不可欠の前提となる。


近隣アジア諸国への影響
それでは、中国経済のリバランスが、日本も含め、近隣アジア諸国に与えるインプリケーションをどのように考えるべきか。第一は、財市場としての中国との関わりである。総じて近隣アジア諸国、なかでも日韓にとっては、これまで、資本財市場としての中国の意味が大きかった。中国経済が投資から消費を中心とした内需主導型の成長パターンに転換していくと、当然のことながら、消費財市場としての中国の意味が増してくる。現状、ASEAN諸国が相対的に消費財輸出のウェイトが大きく、中国の成長パターンの転換はこれら諸国に有利に働くことになろう。他方で、富裕層の増加に伴い、奢侈品や差別化を図った商品への需要もそれなりに増えてくることが予想され、そうなれば、日本にとってもビジネスチャンスが広がる。ただいずれにしても、中国の消費財の輸入が世界の消費財輸入に占めるシェアはなお2.5%弱と小さく、中国の消費は増えてもその多くは国内消費財に向かっている。その背景には、外国業者が中国の複雑な小売流通システムに入りこみにくいこと、外国製品が必ずしも中国の消費者の嗜好に応えられていないこと、さらには、国内業者との競争上の問題等があると類推される。成長パターンの転換で中国の消費が伸びても、それが自動的に近隣諸国の対中消費輸出の増加につながるとは限らない。

第二に、アジアのサプライチェーンの中で大きな役割を果たしている中国との関わりを考える必要がある。中国では一般貿易の比重が近年徐々に高まってきているが、アジア地域の製造業の垂直統合が進んできた中で、なお約50%は加工貿易が占めており、アジアのサプライチェーンにおいて中国は引き続き重要な位置を占めている。このため、近隣アジア諸国の対中輸出と中国自身の輸出には強い相関が見られており、中国の輸出が鈍化すると、近隣諸国の対中輸出も鈍化することになる。ただしその程度は、国によって異なってこよう。すなわち、工業製品・中間財の対中輸出の比重が大きい国では(そして、アジア近隣諸国ではそうした国が大半)、その対中輸出は中国の内需より輸出に大きく影響される一方、最終財(消費財、資本財)輸出中心の一部の国(豪、NZ、インドネシア)は、中国の内需の動向からより影響を受けることになる。全体としては、中国で加工貿易から一般貿易へのシフトが見られる中で、今後、中国の輸出と近隣諸国の対中輸出の相関はやや弱まってくることも予想される。

要約すれば、リバランスで中国の国内投資・輸出が鈍化すると、近隣諸国の対中輸出は、特に投資関連の資本財輸出、垂直統合からくる中間財輸出の面で、一定の影響を受けることは免れない。しかし他方で、中国の国内消費が拡大し、一般貿易のウェイトが増加してくると、そうした影響は中長期的には緩和されてくることになり、むしろ近隣諸国にとっても、より永続的なベネフィットをもたらそう。その意味で、中国経済のリバランスは、中国と近隣諸国にとってウィンウィン(双)となることが期待できるのではないか。


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