変革を迫られる中国鉄道事業に日本は貢献できるか

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  • コーポレート・アドバイザリー部 主席コンサルタント 田代 大助
今年に入り、中国で大規模な鉄道事故の発生が相次いでいる。各種報道によると、7月23日に浙江省温州市で起こった高速鉄道「和諧号」追突事故では、死者40名以上、負傷者は200名を超えた模様だ。また、その約2ヵ月後の9月27日には上海地下鉄10号線(豫園-老西門間)でも追突事故が起こり、死者は出なったものの、負傷者はやはり200名以上に上ると伝えられている。後者に関しては、筆者も事故の前々日まで出張で同地下鉄沿線を多用していたので、帰国後にニュースを見て背筋が凍る思いがした。上海訪問の度に地下鉄を利用し、勝手に「地下鉄は大丈夫」との安心感を持っていたのだが、「ついに地下鉄でも事故が発生したか」と衝撃を受けると同時に、今後は高速鉄道だけでなく地下鉄に乗車するのも躊躇してしまいそうである。

上記2件に共通する事故原因の1つに信号トラブルが指摘されているが、その信号システムを納入した業者の親会社は同一の中国系信号機メーカーである。しかも、同メーカーとフランス系重電大手の合弁会社が上海地下鉄10号線に供給している信号システムは、遼寧省大連市、吉林省長春、天津市、広東省深圳市及び広州市などの地下鉄でも採用されているという。この事実だけを聞くと、あたかも同メーカーが製造する信号システムに何らかの欠陥があり、そのリスクが他の各都市にも拡散しているかのようにも思える。しかし、高速鉄道事故に関して言えば、事故時の先行列車と後続列車の位置が運行ダイヤの順番とは逆になっていた矛盾が判明し、人為ミスや運行管理の制御に問題があった可能性が指摘されている。また、上海地下鉄事故についても、先般、運営会社が内部調査の結果、直接的な事故の原因は誤った運行指示による人為ミスと断定し、関与した幹部など12人を処分した。このように、一連の大事故を通じて露呈されたのは、ハード面から生じるリスクよりもむしろ、予てから懸念されていたソフト面の脆弱さの方といえる(※1)

こうした背景には、鉄道整備案件に絡む利権を目当てに、高度な技術が矢継ぎ早に導入されるものの、その後のオペレーションやメンテナンスへの意識が極めて希薄であることがある。そのため、性急な鉄道路線の拡張ペースに、それらを運営管理するノウハウの習得が間に合わず、人為ミスが多発しているのだ。一方、これとは対照的に、新幹線をはじめとする日本の鉄道事業は、長年に亘る幾多の小さな失敗とその克服を経て、ハードとソフトの両面ともに豊富なノウハウを蓄積してきた。今や世界に誇れる技術、安全性、定時性は決して一朝一夕に誕生したのではなく、血の滲むような地道な努力の末の賜物である。一見豪華に見えるハードも、安全確保を前提とした組織、ダイヤ、人材等の基盤となるソフトの充実があってこそ初めて有効に機能する。この点では、やはり日本に一日の長があり、成熟した発展が望まれる中国鉄道事業に対して貢献できるフィールドがまだ残されているのではないか。

今回の2件の大事故には中国国民も大きなショックと不安を覚え、政府当局や企業のお粗末な事後対応に怒りや憤りを露にしている。実際、高速鉄道事故の直後、車両を地面に掘った穴に埋めた処理が国内世論から大きな批判を受け、埋めた車両を再び掘り返したと報道されたのは記憶に新しい。かつての中国政府であれば、そうした国民の批判的な声も完全統制できたのかもしれない。しかし、急速な経済成長と共に、事業者の社会的責任に対する国内外からの視線が以前にも増して厳しくなってきていることも事実だ。中国鉄道関係者は、従来の意識を改め、事故の再発防止に向けて安全確保や事故発生時の原因究明に関する体制を再構築し、弱点であるソフト面の強化を図ることが求められよう。

中国では、今後も高速鉄道及び地下鉄の大幅拡張が予定されているのに加え、その技術をタイ、ラオス、ミャンマー等の近隣アジア諸国で導入する計画も発表されている(※2)。これらの国の威信を賭けた大規模プロジェクトを本当の意味で成功に導く鍵は、そうした鉄道事業者としての社会的責任を果たせるか否かが握っているといっても過言ではないだろう。今回の大事故が、中国鉄道関係者に蔓延る不正体質に変革を迫る契機となりうるか注目されるとともに、その過程で日本の豊富な経験や優れた知見が改めて見直され、発揮されることを期待したい。

(※1)勿論、ハード面においても、運営初期に故障が起こりやすいなどの問題はある。
(※2)中国高速鉄道計画の詳細については、2011年4月11日付アジアン・インサイト『中国の高速鉄道時代』をご参照。尚、中国鉄道部の汚職疑惑問題により、2011年の高速鉄道関連予算は大幅に削減されている。


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