中国・インドの「卒業」と国際機関の役割

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(援助機関の卒業政策)
途上国の経済発展が進み一定の段階に達すると、所謂援助からの「卒業」という状況が生じる。国際援助銀行(MDB)から援助を受けられなくなるという話であり、各MDBは、従来から、卒業政策(graduation policy)を策定し、客観性、透明性の確保に努めている。アジア開発銀行(ADB)を例にとると(基本的に世銀、IDAに準拠している)、譲許性の高い援助(アジア開発基金ADF)からの卒業は、一人当たり所得が1,135米ドル(2010年時点での基準で、この数値は定期的に見直される)を超え、通常貸付(OCR)やその他の市場性資金に充分アクセスできるようになること、OCRからの卒業は、一人当たり所得が6,725米ドル(同上)を超え、経済・社会のインフラが整い、市場性資金への依存で充分と判断されるようになることが、それぞれ基準とされている。MDBからそのように判断されれば、援助を受ける資格を喪失するわけで、MDBはこの判断をするにあたり、被援助国と充分相談をしながら、かつ一人当たり所得が基準値を超えてから4-5年かけて徐々に卒業させていくとしており、基準自体も上述の通り、客観性、透明性の確保と言いながら、実はかなりあいまい、よく言えば柔軟な運用が可能になっている。実際にこれまで、ADBのOCRから卒業した国・地域は、香港、韓国、シンガポール、台湾の4カ国・地域、世銀の場合、過去10年間で数カ国、最近ではチェコやスロベニアが卒業したとされており、その数はいまだ多くはない。2015年までに貧困層を1990年比で半減させるという国連ミレニアム開発目標(MDG)の実現が難しくなっている中で、多くの途上国が卒業し援助が必要なくなってくるのは、まだまだ遠い先の話であろうが、他方、世界的に援助をする側の人口と、援助を受ける側の人口という観点から見ると、中期的に変革が起きる可能性がある。

(援助する人口と援助される人口)
国連人口基金(UNFPA)の推計によると、2010年時点での世界人口は69.1億人、うち先進地域の人口が12.4億人、途上地域の人口が56.7億人、うち中国は13.5億人、インドが12.1億人である。2030年頃には、中国のGDPが米国を抜いて世界1位に、2050年頃までにはインドが世界第3位になるのではないかとの予測もあり、仮にこの2大人口大国が2030年頃に援助から卒業し援助する側に回るとする(現実には、中国の場合、MDBから援助を受ける一方で、もっぱら外交政策の一環として、以前から自らも途上国援助を行ってきている。さらに近年の経済力の高まりとともに、まだ援助を受ける必要があるのかという声が、国際社会で高まっている。本ウェブサイト別稿「二つの顔を持つ中国」参照)。その場合、世界人口推計を基にすると、2030年の世界人口83.1億人のうち、援助する側の人口は42.2億人、援助される側の人口は40.9億人と、援助をする側の人口が援助を受ける人口をやや上回ることとなる。

  2010年 2030年(推計)
世界人口 69.1億人 83.1億人
援助する人口
(中国)
(インド)
12.4億人
  ・・・・
  ・・・・
42.2億人
(14.6億人)
(14.8億人)
援助を受ける人口
(中国)
(インド)
56.7億人
(13.5億人)
(12.1億人)
40.9億人
 ・・・・
 ・・・・
(注)UNFPA世界人口白書、世界人口推計より筆者作成

もちろん、仮にこうなったとしても、中国、インドとも、国内的にはなお援助を必要とする貧困層がまったくなくなっているわけではあるまい(その段階では、これは国内問題で国際援助の問題ではないという議論はあり得る)。また、援助を必要とする国・地域の数はなお、そうでない国・地域に比べてはるかに多く、かつ援助をなお必要として残っているところは、一般的により発展できない政治的、社会経済的要因を抱えている可能性が高く、援助機関の必要性が直ちに低下するということにはならないだろう。しかし、世界的にみて、援助する人口とされる人口が逆転するのは画期的なことであり、中長期的に、国際援助機関の存在の必要性、そのあり方を改めて考えさせる機会を提供するものではないかと思う。

(国際援助機関のこれからの役割は?)
そもそも援助は、援助する対象があって初めて成り立つ行為であり、その意味で国際援助機関は自己矛盾を抱えている。すなわち、途上国の開発を助け、その本来の目的を達成すればするほど、援助機関としての仕事がなくなり、その存在理由が問われてくる。もちろん、その目的が達成されて、究極的に援助機関が必要とされなくなることは、望ましいことだ。このような状況が生じるのは、まだまだ遠い先の話ではあろうが、すでに、国際社会の中で発言力を増してきた多くの途上国が、国際援助機関の中で、ドナー国(援助する側)と同じように、いろいろその政策に注文をつけるといった事態も出てきている。ADBでは、以前は、援助を拡大しようとする事務局の提案に注文をつけ、あるいは反対するのは欧米の国々と相場が決まっており、アジアの途上国・地域は、援助を受ける側として、常に事務局を支持、あるいは欧米の「圧力」に屈して弱腰になりそうな事務局を批判するという単純な構図であった。しかし、最近は、中国、インド等を中心に成長著しい新興国も、必ずしもドナー国と同じ角度ではないとはいえ、種々主張するようになってきている。MDB内のパワー・ポリティクスが複雑化し、他方で援助を必要としない国・地域が増えてくる状況にMDBはどう対応すべきか、難しい判断になってくる。

卒業する国・地域が多くなってくるからといって、すぐに援助機関のやることがなくなるわけではない。実際、援助機関の卒業政策でも触れられているように、卒業国と援助機関の関係が直ちになくなるわけではなく、たとえば技術・人材援助、卒業国と途上国の協力関係(南南協力)促進、地域統合・地域協力推進、卒業国の資本市場整備、協調融資など、やるべきことは多く残っている。しかし、少なくとも、従来のように物的インフラ整備等のための巨額の援助は少なくなってくるわけで、その観点から、援助機関の組織としてのあるべき姿も、なんらかの変革を余儀なくされてくるのではないか。具体的には、ドナー国との関係では、当然、予算、人員等の面で組織のスリム化が要求されようが、他方で、中進国も含めて知的支援(TA)のニーズが生じ、従来以上に専門的な知識を持ったスタッフが必要になる。TAに関しては、MDBは従来から外部のコンサルタントをよく活用しているが、MDB自身も今以上に専門知識を有したスタッフが核となって、外部の知見を動員していくことが有効だろう(※1)。例えば、資本市場の育成では、法規制、監督機関、自主機関などの制度インフラの整備について、すでに発達した資本市場を持つ国の経験や教訓を、そうした国の公的および民間セクターも巻き込みながら伝えていくといった役割が、MDBにより求められてくることになろう(MDBの「生き残り」戦略とも言えようか)。こうした点も含め、MDB自身と加盟国が、MDBのあるべき将来の姿を検討していく必要が、今後益々重要になってくるだろう。

(※1)technical assistance (TA)。通常、インフラ等のプロジェクトローンのフィージビリティ・スタディのためのPPTA (Project Preparatory TA), 組織強化のための政策助言的な性格をもつAOTA (Advisory TA), 人材育成等を目的として会議やセミナーを行うRETA (Regional TA) の3つの形態に分類される。以前は、目的がはっきりしているPPTAに比し、AOTAやRETAは、むしろその効果について懐疑的に見られることが多かった。従来、MDB内で、TAも含め専門的な分野につき、外部コンサルタントに「丸投げ」しているとの批判が一部見られた。


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