2010年12月15日
この10年余りの間、中国の投資信託市場は急速な発展を遂げている。WTO加盟に伴い外資系運用会社の参入が活発化したなどが背景だが、2010年3月末のファンド純資産残高は公募に限ってみれば約2.4兆元(約30兆円)と日本(約63兆円)の約2分の1の規模に成長、取扱ファンド数も650を超えている(※1)。
ファンドカテゴリー(※2)の内訳を見ると、株式型及び混合型が構成の中心で、純資産残高、取扱本数とも両者合わせて全体の7~8割を占めている。ただ、シェアは小さいながら、ここで注目されるのはQDIIファンドの存在だ。今年に入り、中国証券監督委員会(以下、CSRC)がQDIIファンドの承認を加速させているからだ。QDIIとは海外証券市場での運用が可能な適格機関投資家(2006年4月解禁)のことで、当該資格を有する運用会社が管理するファンドを一般にQDIIファンドと称する。現在、中国の運用会社が管理するQDIIファンドは合計27にのぼるが、うち17ファンドは本年に入ってから設定された(図表1参照)。中国証券監督管理委員会(CSRS)は、2008年8月の「交銀環球精選株式」(交銀施羅徳管理有限公司)を最後に、以降は世界金融危機の影響で承認を見合わせていたが、本年に入り再び承認を積極化しているのだ。
中国では改革開放以来、所得の向上に伴って家計部門が資金余剰部門として資金供給の役割を果たしており、家計部門の金融資産残高は増加の一途を辿っている(図表2参照)。その大半がまだ預金の類だが、証券市場の発展と共に株式、債券及び投資信託などの有価証券の比率も高まっている。中国では日本と同様、高齢化が進行しており、今後は年金残高の拡大と共に海外を含む幅広い資産を投資対象とした運用商品へのニーズが増していこう。現在のところ、個人金融資産残高に関する確かな統計は公表されていないが、家計部門の金融資産がGDPとほぼ同様のペースで増加している点を踏まえれば、中国における個人金融資産が既に5兆ドルを超える規模に達していることが想定できる(※3)。中国の投資信託保有者は個人投資家が口座ベースで99%超、純資産残高ベースで約82%と圧倒的に高シェアになっている(※4)。今後も予想される個人金融資産の増加が、ファンド純資産残高ひいてはQDIIファンド投資の増大へと繋がっていく可能性が高い。
反面、現状で中国の運用会社は、資産運用の経験が浅い上、QDIIファンドをはじめとする商品開発力がまだ成熟しているとは言い難い。実際、QDIIファンドといっても香港市場を通じて中国企業への投資をメインにしているファンドが多く、残高も711億元(約8,900億円)と全体の約3%に過ぎない。QDIIファンド設定の解禁直後(2007年)は、海外投資への期待感から設定時に応募が殺到するファンドが続出したが、2008以降に設定されたファンドの純資産残高は揃って伸び悩んでおり、他の主要先進国及び途上国市場への投資という海外資産運用本来の姿からは程遠い状態だ。
よく指摘されるように、外資系運用会社(※5)では、外国資本側が中国巨大市場の取り込みを目論む一方、中国資本側は商品設計及び運用に関するノウハウの吸収を期待することが多いようだ。QDIIファンド取扱い運用会社に、中国系よりも外資系運用会社が多い事実は、その証左と捉えられよう。QDIIファンドの開発及び運用体制の整備等に関するノウハウ提供という観点から、QDIIファンド発展の鍵は海外資産運用の経験が豊富な外資系運用会社が握っているといえまいか。
加えて、CSRCがQDIIファンドの承認を積極化している背景・理由が気になる。というのも、長年に亘り経常収支黒字の蓄積が進行する一方で、外貨および外貨建て資産の保有主体の1つとして、QDIIファンドに白羽の矢が立っている可能性が指摘できるためだ。一般に経常収支黒字国では、相対的に多額の外貨獲得から自国通貨高圧力がかかるが、中国では為替介入(=人民元売り・外貨買い)により人民元切り上げを抑制している。そのため、人民元が国内に過剰に流れ込みインフレ懸念が台頭したり、膨大に積み上がった外貨準備高の運用方法に苦慮する実情を抱えている(※6)。経常収支黒字が続けば続くほど蓄積される外貨を、既に家計に流通している人民元で一定の吸収をさせることで、外貨準備高の伸びを抑えると共に人民元高の抑制効果をも狙っているとするのは穿った見方だろうか。
過去を振り返ると、日本でも貿易等によって国全体で獲得した外貨ならびに外貨建て資産の保有主体を、中央銀行から機関投資家、さらには個人投資家へと裾野を拡張させてきた経緯がある。しかし、短期的にはともかく長期的に見れば、自国通貨高圧力を受け続けることで、自国通貨建てで良好な運用収益を獲得することは非常に困難であった。実際にもリスクに見合った高い投資収益を得た投資家は少なかったのが実情だ。なぜなら、上述したように経常収支が黒字であり続ける以上、基本的には自国通貨高圧力がかかり続けることを意味するからだ。現にこの30年余りの間、日本の当局が為替介入等を駆使して円高抑制を試みたものの、結果的に円高基調を止められなかった。そして円高局面の度に外貨建て資産運用は損失を被るというのが基本的な構図であった。
中国でも足元で経常黒字の積み上げが続き人民元高圧力が徐々に高まっているのは周知の通りである。当たり前の経済原理から紐解くと、将来的に人民元が切り上がる可能性が高い現時点で中国の投資家がQDIIファンドへ投資する意味を考えさせられてしまう。人民元高で被る損失を上回るリターン獲得の可能性がないわけではないが、中国の一般投資家にとっての海外投資は国内成長率が鈍化した後に本格化することを考えても遅くはないのかもしれない。
(※1)出所はfund.sohu.comで2010年3月末現在。中国で初めて投資信託が導入されたのは1991年だが、当初はクローズド・エンド型商品のみの設定だったため、純資産残高、ファンド数ともに僅かだった。しかし、1998年に証券投資信託に関する制度が整備され、2001年にオープン・エンド型商品の設定が解禁されると、投資信託の市場規模は一気に拡大した。
(※2)CSRCが定める規則では、株式型、債券型、通貨型、混合型、その他(主にQDIIファンド)の5カテゴリーに分類される。
(※3)ある調査によれば、中国における2000年以降の「個人金融資産/GDP比率」は、概ね1.1倍~1.2倍で推移しているとの試算もある。
(※4)出所は中国証券業協会で2009年末現在。
(※5)ここでは、中国資本のみの運用会社を「中国系運用会社」、中国資本と外国資本の合弁運用会社を「外資系運用会社」と称している。
(※6)中国人民銀行は、この1ヶ月余りの間に預金準備率の引き上げを既に3回行っている。また、苦慮する中で考案された外貨準備の運用方法の1つとして、中国の政府系ファンド(SWF)「中国投資有限責任公司:AUM約3,000億ドル」(通称CIC)の設立が挙げられる(6/22付け「中国のSWF 海外投資を再び積極化」ご参照)。
(※2)CSRCが定める規則では、株式型、債券型、通貨型、混合型、その他(主にQDIIファンド)の5カテゴリーに分類される。
(※3)ある調査によれば、中国における2000年以降の「個人金融資産/GDP比率」は、概ね1.1倍~1.2倍で推移しているとの試算もある。
(※4)出所は中国証券業協会で2009年末現在。
(※5)ここでは、中国資本のみの運用会社を「中国系運用会社」、中国資本と外国資本の合弁運用会社を「外資系運用会社」と称している。
(※6)中国人民銀行は、この1ヶ月余りの間に預金準備率の引き上げを既に3回行っている。また、苦慮する中で考案された外貨準備の運用方法の1つとして、中国の政府系ファンド(SWF)「中国投資有限責任公司:AUM約3,000億ドル」(通称CIC)の設立が挙げられる(6/22付け「中国のSWF 海外投資を再び積極化」ご参照)。
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