2010年06月22日
中国の政府系ファンド(SWF)「中国投資有限責任公司:AUM約3,000億ドル」(以下、CIC)が、再び海外投資を積極化させている。昨年来、報道ベースでも投資案件は相当数に上っており、CICが海外投資の限度額としている1,100億ドルは2009年末時点でほぼ投資済みと見られている。投資先企業の業種は、資源、素材及び不動産が中心で、期待リターンの追及のみならず自国経済の発展とリンクさせた戦略投資志向が垣間見える(図表1参照)。また、CICは中国政府に対して2,000億ドルの追加投資資金を要請している。詳細は不明だが、中国の外貨準備はなお増加を続けており、追加要請が近い将来に承認される可能性は十分ある。このような動きは、CICによる海外投資が今後ますます拡大していくことを予感させる。
CICは2007年9月、肥大化する外貨準備の運用を目的に設立され、長期投資を基本方針として運用を開始した。設立当初の資本金2,000億ドルは3分の1が海外投資に充当され、ブラック・ストーン社に30億ドルを出資するなど華々しいデビューを飾った。しかし、グローバル金融危機の勃発などから、そうした初期の投資案件は大幅な含み損を抱える結果に陥り、その後の投資は抑制傾向にあった。事実、2008年の年間海外投資額は100億ドル程度に止まり、同年末時点での海外投資ポートフォリオは約9割が現金同等物となっていた。これが2009年には一転して、限度額一杯までの投資が進んだことになる。世界的に見てSWFの投資活動は2008年が非常に活発だったのに対して2009年は大幅に縮小している。2008~2009年のCICの投資行動は、他の主要SWFとは極めて対照的だったことが分かる。
CICが海外投資姿勢を再び強めた背景には、期待リターンを高く設定せざるを得ない事情がある。CICの資本金は、中国政府財務部が発行する特別国債を中国人民銀行が中国農業銀行経由で買い取ることで、外貨準備がCICに移管される構図になっているためだ。つまりCICの資産運用では、この特別国債の調達コスト約5%が第一のベンチマーク(目標)となる。加えて、自国通貨上昇による海外資産評価額の目減り分も考慮が必要となる。人民元切り上げ圧力が強まる中、想定される外貨減価分も加味した運用収益の確保となると、外貨ベースのトータル期待リターンは最低でも二桁以上と見積もるのが妥当とされるのはこのためだ。また、仮に外貨買い人民元売り介入を通じて外貨建資産の減価を防いだとしても、不胎化実施が伴えば当該調達コストがベンチマークに上乗せされる計算になる(※1)。
先日、CICの汪建熙副社長が講演で明らかにした内容によれば、現在のポートフォリオは、株式24.7%、確定利付債券18.3%、インフレ連動債券8.8%、ヘッジファンド9.4%、プラベート・エクイティ7%、特殊投資18.9%(※2)、現金8.6%、その他4.3%となっている。また、今般の欧州債務危機による欧米市場の下落で、足元の運用資産は毀損しているが、2008年にマイナス2.1%だった海外投資の年間収益率は、2009年には17%に達した模様だ。まさに2009年という市場低迷下での積極投資が功を奏した格好といえるが、同副社長は現在でも米国経済に対して強気の見方を示しており、米国投資には特に魅力を感じているようだ。一方、米国議会はCICの積極投資の動きに対し、中国政府が投資先企業に政治的な影響を及ぼすのではないかとの強い懸念を改めて示しはじめている。米国証券取引委員会(SEC)の発表によると、2009年末時点でCICは、米国主要企業株式を約96億ドル相当保有している(※3)。現時点の1件当たり投資額はそれほど大きくないが、今後の投資規模が増大したり投資先業種が戦略分野に及ぶことになると、場合によっては5年前のユノカル社買収時のような事態に発展する可能性もあろう(※4)。
SWFは先般の世界金融危機の中、資本不足に喘ぐ巨大金融機関に相次いで出資し、その救済に一役買う行動を採ることで脚光を浴びた。しかし現状では、その役割は終わり、各ファンドが本来の設立目的に立ち返って、原理原則に則った投資戦略を粛々と進めている感がある。再び強まるCICの海外投資もそうした流れに沿った動きと見られ、こと資源分野への投資加速に関しては、国家政策を直接的に反映したものであるとの印象が強い。中国政府は、石油や鉄鉱石など国内で不足している資源を海外投資によって確保する「走出去」政策を推進中で、今後の経済成長による需要増加を考慮すると、CICによる海外資源投資はより一層活発化していくことが予想される。
CICは日本についても技術獲得面で投資の検討を進めているようだ。今のところ日本でCIC投資に関する議論はそれほど盛んにはなっていないが、巨大な機関投資家の動向が市場に与えるインパクトの大きさや、その投資戦略が双方の国益に密接に絡む可能性にも注意が必要だ。日本でもCICをはじめ中国からの投資の受け入れを真剣に議論すべき時が到来していると指摘しておこう。
(※1)中国政府は事実上の通貨安政策において、基本的には非不胎化での介入を行っていると見られる。しかし、一部に中央銀行手形の発行による流動性の吸収、つまり不胎化での介入も実施している模様である。例えば中央銀行手形(1年物)の金利水準は、CICが設立された2007年9月から2008年末にかけて3.3%~4.0%、足元では2%前後で推移しており、この調達コストもベンチマークに加算されると考えられる。
(※2)国家的な戦略に基づく投資カテゴリーとみられるが、その詳細内容は基本的に開示されていない。
(※3)各種報道ベースで見た代表的な投資事例は、モルガン・スタンレー社、ブラックロック社、ビザ社、バンク・オブ・アメリカ社、シティ・グループ社、アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)社、アップル社、コカ・コーラ社、ジョンソン・エンド・ジョンソン社等がある。
(※4)2005年、中国海洋石油有限公司(CNOOC)が米国石油メジャーのユノカル社に対し買収提案したが、安全保障を脅かす恐れがあるとの立場をとる米国議会の反発にあい、買収提案は撤回された。
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