2017年11月08日
はじめに
大和総研のコンサルティング部門では、年金数理に関する豊富な専門知識を背景に、退職給付債務の計算受託サービスを提供している。平成20年にサービスを開始して以降、正確で迅速な会計数値の計算や、手厚いフォロー体制はご好評をいただいており、全国の事業会社、病院や官公庁などからのご依頼は毎年300件近くにも上っている。
これら弊社への計算のご依頼において、監査法人など外部からの指摘により、退職給付債務の計算の必要性を始めて認識し、慌てて依頼先を探しているといった声は少なくない。退職給付債務の計算は、年金数理に関する専門的かつ複雑な計算が必要となる。経理担当者や人事担当者にとっても馴染みのある内容ではないことが多く、どのような場合に退職給付債務の計算が必要になるのかという判断も、難しい状況なのかもしれない。だが、専門家による計算が望ましいとされる退職給付債務そのものとは異なり、その計算の要否については、いくつかのポイントをおさえることにより、新任の担当者であってもある程度正確に把握することが可能となっている。
確定給付制度に区分される退職給付制度か
退職給付に関する会計基準(※1)では、掛金以外に追加的な拠出義務を負わない退職給付制度を確定拠出制度と定め、それ以外の制度を確定給付制度と定めている(※2)。確定拠出制度は日本版401k、確定給付制度は伝統的な日本の退職一時金制度を、それぞれ思い浮かべていただければイメージしやすいかと思う。
このうち確定拠出制度については、掛金の拠出後に追加で負担が生じることはないため、会計処理においては要拠出額をもって費用処理する(※3)。つまり、対象となる退職給付制度が確定拠出制度であれば、退職給付債務の計算は不要と判断できる。その一方で、退職給付制度が確定給付制度であった場合は、引き続き後述のポイントを確認し、退職給付債務の計算要否を判断することになる。
計算結果に高い信頼性が得られるか
小規模な企業等において、退職給付債務の計算結果に高い信頼性を得られない場合は、退職給付に係る負債及び退職給付費用を、簡便な方法を用いて計算できる(※4)。退職給付債務の計算により事務負担やコストが発生するにもかかわらず、信頼性の高い結果とならないのであれば経済的合理性がないためだ。なお、簡便な方法を用いる際は、いくつかの方法から合理的と判断される方法を選択でき、退職給付の期末要支給額を用いた見積計算はその一例である。
小規模な企業等は原則として、従業員数300人未満の企業を指す。ただし、年齢や勤続期間に偏りがあり、退職給付の結果に高い信頼性を得られないと判断された場合は、300人以上の企業であっても簡便な方法が認められることもある(※5)。なお、この場合の従業員数とは、退職給付制度の計算対象となる従業員を、ある程度の変動予測を見込んだ上で、退職給付制度毎に数えたものとなる。
退職給付に係る財務諸表項目に重要性があるか
小規模な企業等においては、退職給付に係る財務諸表項目に重要性が乏しい場合も、退職給付に係る負債及び退職給付費用の計算に簡便な方法を用いることができる(※4)。重要性があるかどうかの判断は最終的には監査法人などの判断に依ることになるが、退職給付に係る負債及び退職給付費用の金額が相対的に小さい場合はこれにあたることが多い。
IFRSの適用を検討しているか
IFRS(国際財務報告基準)において、退職給付に係る負債及び退職給付費用の計算に簡便な方法を用いることは、原則として認められていない。ただし、簡便な方法による計算結果が、退職給付債務の計算結果の近似値として信頼できることを確認できた場合に限り、簡便な方法を用いることができる(※6)。つまり、IFRSの適用を検討する場合、一度は退職給付債務の計算をし、結果を確認することになる。
また、親会社が適用を検討している場合には、その子会社も計算対象となる点は注意されたい。
おわりに
以上が退職給付債務の計算の要否を考えるにあたり、確認すべき主なポイントとなる。ご所属の組織にとっての計算要否は把握いただけたであろうか。
年功要素が強い退職一時金制度を施行しており、計算の必要がありそうであれば、財務諸表取りまとめ担当者に早めに相談することをおすすめしたい。退職給付引当金の計上に期末要支給額を用いている場合、退職給付債務はその額を上回ることが多いからだ。
期末要支給額は対象者が期末に退職する場合のみを想定していることに対し、退職給付債務は期末以降に退職する場合、数年後に退職する場合や定年まで勤め上げる場合も想定する。年功要素が強いと、数年後に退職する場合の金額や定年まで勤め上げる場合の金額は、期末に退職する場合の金額より大きくなり、結果として退職給付債務は期末要支給額よりも大きくなる傾向がある。
退職給付債務の計算が退職給付引当金を通じて、財務諸表にどのような影響を与えることになるか迅速に把握するためにも、計算が必要となった際は弊社窓口(pbosox@dir.co.jp)までご連絡をいただければ幸いである。
(※1)企業会計基準委員会 「企業会計基準第26号 退職給付に関する会計基準」 最終改正平成28年12月16日
(※2)同上「退職給付に関する会計基準」 4項、5項
(※3)同上「退職給付に関する会計基準」 31項
(※4)同上「退職給付に関する会計基準」 26項
(※5)企業会計基準委員会「企業会計基準適用指針第25号 退職給付に関する会計基準の適用指針」最終改正平成27年3月26日 47項
(※6)弊社コンサルティングインサイト「退職給付会計IFRS任意適用にあたって留意すべき点」2016年11月30日
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