新退職給付会計基準の適用に向け内部統制の再チェックを

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  • マネジメントコンサルティング部 主任コンサルタント 小林 一樹

昨今の金融経済情勢の変化を受け、2013年3月末の10年国債の金利は0.564%と過去最低水準まで低下した。退職給付債務の算定においては、原則として期末の金利を用いて将来の給付見込額を現在価値に割引計算するため、期末の金利低下は退職給付債務を増加させる要因となる。退職給付債務額の変動が一定の範囲内であれば前年度の決算に使用した割引率を継続して使用できる重要性基準も認められている。しかしながら、3月末における金利低下が著しかったため、重要性基準を適用できずに割引率を洗い替えることになり、その結果、退職給付債務が増加した企業も多かったものと思われる。金利動向は退職給付債務を変動させる要因となるため、財務会計上のリスクとして認識しておく必要がある。


ただし、退職給付会計が財務会計に与えるリスクは金利動向だけに留まらない。金利動向は退職給付債務の計算要素として財務諸表上の数値を変動させる要因となるのに対し、2014年3月末から適用(※1)される新退職給付会計基準に盛り込まれた「未認識項目の貸借対照表における即時認識」は、制度面から財務諸表上の数値を変動させる要因となるため、財務会計上のリスクは一層高まる可能性がある。さらに、同じく新会計基準に盛り込まれた「開示項目の拡充」は、決算作業量の増加と複雑化をもたらすため、財務報告の信頼性維持に対する新たなリスクを生む可能性がある。このように、新会計基準の適用に伴い、認識すべきリスクの増大が想定される中、新会計基準の内容を正しく把握し、事前に内部統制を構築しておくことは、新会計基準の適用に向けて非常に重要な準備作業となる。今回は新会計基準に盛り込まれた「未認識項目の貸借対照表における即時認識」及び「開示項目の拡充」という2つのテーマについて、内部統制の観点から事前に準備しておくべきポイントをご紹介したい。


「未認識項目の貸借対照表における即時認識」に伴う内部統制のチェックポイント


新会計基準の主な改正点の1つとして未認識項目(未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用)の貸借対照表における即時認識が挙げられる(※2)。当期に発生した数理計算上の差異及び過去勤務費用は、費用処理年数に応じて段階的に費用化していくが、現行の会計基準では、それらを一旦オフバランスするバランスシート上の遅延認識が認められていた。しかし、新会計基準では、発生した数理計算上の差異及び過去勤務費用を発生年度の貸借対照表で即時認識させることになる。会計処理としては、従来オフバランスされていた数理計算上の差異及び過去勤務費用も含めて退職給付に係る負債(または資産)として計上し、翌期以降に費用化する部分をその他の包括利益累計額で加減する。つまり、オフバランスされている未認識項目が負債サイドの場合、即時認識することで負債が増加し純資産が減少するため、自己資本比率の低下を招き資金調達にも影響を与える可能性があるなど、財務会計上のリスクとなり得るのである。


このようなリスクの増加に対し、新会計基準の移行前に準備すべき内部統制として、退職給付債務の変動を早期に把握できる体制の構築が挙げられる。未認識項目は年金資産の運用収益率の変動や退職給付債務の割引率の変動等、外部要因に影響を受けるケースが多いため、変動そのものを抑えることには限界がある。年金資産の変動に対しては運用体制等のより高度なリスクコントロールが必要となる。退職給付債務の変動に対しても、自社でコントロールすることが難しいため、早期に影響を把握できる体制を構築することで、必要に応じて事前に対策を検討しておくことが現実的な対応となる。退職給付債務を外部に委託している場合は、必要な情報を必要な時に入手でき、適宜影響を把握することが可能か、事前に確認しておくことが必要であろう。自社で退職給付債務の試算やシミュレーションができるような計算ソフトの活用も対策の一つとなる。ただし、計算ソフトを活用する場合、今回の改正によって退職給付計算業務が今まで以上に複雑化するため、計算業務を社内に抱えることは計算間違い等のリスクを新たに生むことになる。さらに、計算業務が担当者任せになったり、計算内容の把握ができずにブラックボックス化するなど、内部統制上のリスクが高まる可能性がある。計算ソフトの使用はあくまでシミュレーション用とし、計算業務は信頼できる専門機関に相談することをお勧めしたい。


「開示項目の拡充」に伴う内部統制のチェックポイント


新会計基準では、国際会計基準に近づける形で、次表の通り開示項目の拡充が盛り込まれた。

【新会計基準における開示項目(※3)

新会計基準における開示項目

開示項目の拡充に伴い、まず懸念されるのが取り扱う情報の増加に伴う工数増大と作業スケジュールへの影響である。取り扱う情報が増えるにも関わらず、多忙なスケジュールの中で開示項目を整理することになるため、財務報告の信頼性を損なうリスクも必然的に高まることとなる。開示項目には年金資産の内訳なども含まれるため、必要な数値が必要な形式でスムーズに入手できる体制が整っているか今一度チェックしておくことが望ましい。さらに、連結財務諸表を作成する企業は自社のみならず、子会社に関する数値の入手も必要となるため、子会社まで含めて情報管理体制をチェックし、必要に応じて担当者の教育や作業スケジュール見直し等の事前準備を済ませておくことが求められる。


また、開示項目の拡充をより大きな観点から見ると、拡充された分だけ株主等への説明責任が増すことを意味するため、情報の管理体制に止まらず、年金資産の運用体制等にもより高度な内部統制が求められることになる。


以上、2つのテーマについての検討を踏まえ、新退職給付会計基準への移行を前に今一度、内部統制のチェックをお勧めする。新退職給付会計基準の改正点として、割引率の設定や給付の期間帰属方式の変更など、計算手法の変更に関する論点に多くの関心が集まっているが、開示する情報の入手ルートや決算作業フローの確認など、地道な準備を怠ると思わぬ所で足を掬われることになりかねない。従来以上に退職給付債務の変動に対するリスク管理や財務報告の信頼性確保が重要性を増す中で、今一度、自社の内部統制をチェックし、必要に応じて体制を強化していくことは、新退職給付会計基準の適用に向けて残り少ない時間の中でも優先して検討すべき事項である。


(※1)3月末決算の企業の場合。
(※2)未認識項目の即時認識は、連結財務諸表のみに適用され、個別財務諸表は従来の方法を継続する。
(※3)開示項目(2)から(11)は連結財務諸表において注記している場合は個別財務諸表において記載する必要はない。

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