2009年12月22日
2012年3月末で適格退職年金制度が廃止されるが、昨今の運用環境の悪化により、適格退職年金においても積立不足を抱えるところは多いと思われる。企業年金連合会が行った調査(2009年10月企業年金実態調査結果)によれば、適格退職年金からの移行にあたっての課題として「積立水準の確保」をあげる企業が最も多く、約半数の企業がそのように回答している。積立不足拡大が適格退職年金制度廃止に伴う移行、特に確定給付企業年金と確定拠出年金への移行に際して、どんな影響があるのか確認してみる。
確定給付企業年金への移行の場合には、運用環境悪化で過去勤務債務が拡大した状態で年金資産が適格退職年金から引き継がれる。そのため移行後の確定給付企業年金では、過去勤務債務を償却するための特別掛金が増加する。この状態は、仮に適格退職年金を継続していても起こりうるが、確定給付企業年金への移行後は、適格退職年金に比べ年金資産の積立義務が厳格なため、企業により大きな掛金負担がかかることになる。会計上は数理計算上の差異についても同時に拡大しているものと思われる。会計上の数理計算上の差異については、移行前の処理を継続するが、拡大した分だけ費用処理額は増加する。
次に確定拠出年金への移行の場合であるが、原則として適格退職年金の積立不足を無くしてからでないと、確定拠出年金へは移行できない。積立不足拡大により、この不足を穴埋めするための一括拠出金が拡大する。また会計上は、確定給付企業年金と同様に数理計算上の差異についても同時に拡大しているものと思われる。この数理計算上の差異が未認識債務として遅延認識されていれば、移行年度において、確定拠出年金への移行割合に応じて、未認識債務の認識(償却)が必要となり、その額の特別損失が発生する。
このようにどちらの制度への移行をみても、積立不足拡大は企業財務へ悪影響を与えることが予想され、少なからず適格退職年金の移行を躊躇していることが窺える。
企業財務への影響を少なくする一例を考えてみよう。
確定給付企業年金の場合には、経過措置を使って特別掛金の償却年数を長期化し1年あたりの掛金負担を和らげる方法などがあるが、総額の償却金額を減らせるわけではない。財務負担を少なくするには、確定給付企業年金への移行でも確定拠出年金への移行でも、その移行割合を下げることである。適格退職年金での移行割合(退職金の年金化割合)を下げ、下げた分を退職金で支給する方法で退職給付制度の構成を変える。こうすれば、移行後の確定給付企業年金の特別掛金が抑えられるし、移行時の確定拠出年金への移行に伴う一括拠出金、特別損失も抑えられる。ただし、従業員にとっては年金化割合の変更は、退職金額は移行前後で変わらないが、年金額の引き下げで不利益変更となり、場合によっては、モチベーション低下もありうるから、注意が必要である。
運用環境の悪化が足かせとなり適格退職年金の移行を先送りにした企業も、廃止まで時間がなくなってきている。運用環境改善が見込めないと判断し、財務負担増加を受け入れるならよいが、退職給付制度の構造改革が避けられないと考えるなら、十分な時間をかけて検討を行い従業員への説明も慎重に行う必要がある。適格退職年金制度廃止後の移行先が未定の場合は、早急に検討を開始すべきであろう。
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