オリンピックを契機としたO2O(オーツーオー)ビジネスの可能性

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<オリンピックで広がるO2Oの可能性
2020年の東京オリンピック・パラリンピックは様々な形で今後の日本の社会基盤を変えるよう期待されている。一般に取り上げられる大きな変化としては各種競技場や交通機関などのインフラの建設・整備が進むことである。これらの建造物やインフラは、オリンピック施設として魅力的であるのはもちろんのこと、次世代にも十分に活用できる資産として建設されないとならないだろう。


もちろん、新しく整備されるべきなのは建造物だけではない。今回のオリンピックが前回の東京オリンピックと社会環境面で異る点として、グローバル化とインターネット(以下ウェブ)の存在が挙げられる。2020東京オリンピックでは、海の向こうからウェブ経由で日本の情報を収集し、その後実際に観戦に訪れるという観光客が増えることが予想される。


2019年には訪日外客数が現状の8割増の1500万人を突破すると仮定する(※1)。その上でオリンピック前後(※2)に1割の増加、すなわち150万人程度訪日旅行者数が増えるとする。滞在一回あたりの消費額を宿泊費込みで15万円とすると(※3)、2,250億円の消費が見込まれる(これは直接効果のみである)。この150万人の多くはウェブの情報で訪日を決めたり、滞在中の過ごし方を決めたりするだろう。


したがって、「オンラインtoオフライン(O2O:オーツーオー)」が世界規模で実現される機会がやってくる。その仕組みづくりはとても重要だ。実現には、日本の観光戦略を推進するという意味で官民挙げての取組が必要である。


<そもそもO2Oとはなにか?
O2Oとは「Online to Offline」の略であり(※4)、「ウェブの世界で情報を得た消費者が、実際の店舗におもむいたり、購買行動を行ったりすることや、またそれを目的としたマーケティング活動」を指す。最初は通信業界の専門用語であったのが、一般化される過程の中で今のような意味で使われるようになったと言われる(※5)。簡単に言えば、ウェブから実在する店舗や施設に誘導することである。顧客の動線を自動的に追跡し、決済情報まで把握できてはじめてO2Oと考える向きもあるが、特に定義に含まれるわけではない。(※6)


現在の代表的なO2Oサービス、もしくはO2Oの媒体として活用できるサービスの例を以下に挙げる。これらのジャンル・例は現在のところ国内向けのものもあるし、O2Oとしては発展途上のサービスもあるのには注意されたい。

図表 O2Oサービスやプラットフォームとその例

実際のところは、この中でも国際化を進め、商機を捉えるサービスもあれば、2020年までにプレイヤーが大幅に変わっているサービスもあると思われる。また、これらのサービスを利用して集客に成功する企業・自治体もあろう。


同時に、デバイスの進化やコンテンツのイノベーションにより、全く新しいO2Oの仕組みが創出される可能性もある。例えば、グーグル・グラスやスマートウォッチ等のウェアラブル端末(※8)、電子ペーパーを使用するサービス等々。また、コンテンツでは、例えばホームステイ先を斡旋するサイトが人気を博したりするかもしれない。


<個人としてのO2O>
一人のユーザーがどのように行動するかを想像することでO2Oの未来の姿を見てみよう。日本語ができないAさん(B国在住)は2020年東京オリンピックに行こうと決意した。(決意させるのもO2Oの大事な役割の一つだがそこは割愛する)。そしてまず、ベッドに寝っ転がって腹ばいになり、電子ペーパーの前で検索を始める。日程に合わせて海外からお目当ての競技の競技場に近い日本のホテルを探す。


「Tokyo Hotel」で検索すると、日本のホテル検索サイトに辿り着いた(Expedia.comやHotels.comより登録ホテル数が多く、利便性が高いことが重要だ)。サイトはもちろん英語で利用できるが、他の主要な言語・表記にも切り替えうる。さらに、以前同じ国の人が泊まったレビューがあるとAさんはそれを参考にできるだろう。遠い日本に行くことに不安を抱えている観光客向けに丁寧なQ&Aもついているはずだ。さらに、そこには「ついでに富士山を見に行きませんか?」等のレコメンドも、かかる時間と予算込みで表示される。


ホテルを予約したら、次に現地までの交通機関を調べる。その頃には現在日本で使える路線検索の多国語バージョンが完成しているべきだろう。さらに、ホテルの食事だけだと寂しい。寿司、天ぷら、一通りのものは食べてみたい。Aさんはこれも検索し、次々にオンライン上で予約を入れる。クレジット・カードの利用は「Square」(スマートフォンにカードリーダーをつけることで、その場にて電子決済できるサービス)等の普及で問題を感じさせないと聞いている。だがAさんには宗教の戒律で食べられないものがある。そういう表記の無いウェブページのお店は選択外になる。


そして2週間後、Aさんは羽田に降り立った。最初に立ち上げるのがスマートフォン。今よりはるかに薄型で、自由自在に折り曲げられるものだ。かねて用意しておいた日本の政府観光局制作の「Visit Japan」アプリを立ち上げる。同時に位置情報がAさんの羽田到着を感知し、「Welcome to Japan」の文字が画面に立ち上がる。目的のホテルまではアプリの指示にしたがって進むだけ。SUICAやPASMOといった電子マネーも海外からスマホにチャージしているので切符の購入にもまごつくことがない(Pay With Squareか、類似の技術が導入されると、その頃には改札機すら無くなっているだろう)。道を見失って通りすがりの人に尋ねても2020年にはスマホが簡易通訳機能を有していると思われる。こうしてAさんはホテルに辿り着いた。明日は観戦だ。


<ビジネスとしてのO2O>
さて、サービスを提供する側にとって大事なことは何か。オリンピックに限ったことではないが、O2Oビジネスの要諦は以下のように記述しうる。どんなにウェブの世界が魅力的だからといって、多くの人にとっては現実世界にはかなわない。ウェブで夢を膨らました顧客が実際に当地を訪れて満足することが重要である。その上でその体験が、ソーシャルな仕組みで拡散されていくことで、正のサイクルが完成する。


したがって、ウェブの世界への入り口にあたる指標のページ・ビュー(PV)、コンバージョン・レート(CR)(※9)、実際にその地を体験した顧客の指標の顧客満足度(CS)、ウェブ上の口コミでの拡散効果(VE:Viral Effect)という4つのKPIが目標となろう。4つのKPIを乗じたのをKGI(Key Goal Indicator:最終目標指標)。とすると、O2O活用企業は、このKGIを最大化するべく、事業運営を行うべきであると考える。

KGI(Key Goal Indicator:最終目標指標)

ただしこのKGIの厳密な計測は簡単なことではない。CVR一つとっても、実際にどの顧客がオンラインで動機付けされて来たのかを測定するかは、難しい側面がある。CSを顧客にとって面倒ではない手段で測定するのも重要だ。VEをどう測定するかも課題である(シェアやイイネ!の数を数えるなどの方策はあるが)。また、気をつけなければならないのはプライバシーの問題である。しかし、複数のサービスが連携し、セキュリティが充分担保されてさえいれば、いずれ課題はクリアされていくのではないかと思う。それが成功してはじめてビッグデータの時代と言えることになろう。


国や自治体も自らのブランディングを進めるとともに、さらに上流の、利害関係が複雑になりすぎて実現しにくい包括的なプロジェクトを円滑に進める役割がある(規格の共通化や認証など)。


<オリンピック後>
オリンピックの終了後、地理的に距離のある英米圏の人々は、正直日本を再訪するリピーターにはなりにくいかもしれない。しかし、所得増加の著しいアジア圏の人々にとっては、イメージと違った実際の日本を体感することで、頻繁に訪れてみたいと思うようになると思われる。


また、国際的に評判が上がることは国内の集客にもつながる。例えば、海外の人が訪れて評判の良かったレストランを集めたサイトを立ち上げてみればどうだろうか?味覚は国それぞれだが、本場の人が舌を巻いたというお店に行ってみたいと思う人はいるかもしれない。


いずれにせよウェブの世界では、どんなに作りこんだとしても、国の予算を左右するほどにはならないし、使い道に困るオブジェや廃墟にもならないし、産業廃棄物も出ない。ウェブの世界でオリンピックに訪れる人々を集める仕組みづくり(O2O)に取り掛かるのは難しくない。日本という国自体や、数ある自治体、提供するサービスの魅力をアピールするには、今から始めるべき事業であろう。訪日者数を増加させるには、海外の新聞やTVなどに漠然とした印象広告を打つのではなく、効果測定が行える仕組みを作れるウェブ媒体を最大限活用すべきであると考える。


(※1)2012年3月30日に閣議決定した「観光立国推進基本計画」によると平成32年(2020年)に2500万人を目指すとある。
(※2)厳密な理由は詳らかでないが、過去の経験則からオリンピック開催が決まると、開催年は当然として、開催前後の数年間外国人観光客が有意に増える現象が見られる。
(※3)JNTO(日本政府観光局)によると2012年は13万円/人である。
(※4)Offline to Onlineも含めるという説もあるがここでは慣例に則った。
(※5)スマートフォンやタブレットなどで端末が物理的なLANケーブルにつながっていない場合でも、Wi-Fi等によりウェブにつながっている場合、オンラインの中に含める。
(※6)情報を提供するだけで、広告効果を見込むサービスは厳密にはO2Oと区別すべきかもしれない。しかし、例えば飲食店情報提供サービスは、現状原則店舗から加盟料を得るだけのことが多いが、将来的には予約システムをブラッシュアップさせることで、成約手数料を得ることになろう。
(※7)AR:Augmented Reality(拡張現実)とは、現実世界のものを何らかのディスプレイ越しに見ると、様々な情報や、ユーザーが書き込んだ口コミ等(ソーシャル・タグと言う)が重なって見える仕組みのことを言う。
(※8)身につけられる情報端末の総称。ARを可能にするデバイスとして期待されている。
(※9)ウェブサイトにアクセスした人の中で実際のアクションを起こした割合、O2Oの場合は実地訪問割合や購買割合となる。

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