首肯できない財政再建が必要な理由

RSS

その真因ははっきりしないが、消費税増税を唐突に掲げた民主党が、参議院選挙で惨敗した。一方で消費税10%を公約に謳った自民党は議席を伸ばし、これらの状況を以て「民主党敗北の原因は消費増税ではない。財政再建を一刻も早く達成するため、消費増税論議の早期開始が極めて重要だ」、なかには「消費増税で政策協議、場合によっては大連立で実現を」との声が聞こえるようになった。またこのところ、メディア、学会、エコノミストなどの識者で「財政再建、そしてそのための消費増税が政策の最優先課題」と主張する向きも増加傾向にあるように感じるが、半ば常識として財政再建や消費増税を喧伝する風潮に一抹の不安を覚える。もちろん、財政再建を不要だというつもりはないのだが、日本の置かれている現下の経済環境を考えて、果たして本当に財政再建や消費増税を急がねばならないのか、冷静な見極めも必要なのではないか。


よく指摘されるように、日本は経常収支黒字を長期に亘って継続しており、基本的に政府の負債を海外に依存する状況にはない。言い換えると、政府の負債はそのほとんどを国内資金で賄っており、これは国内民間経済部門である「家計」と「非金融法人企業(事業会社)」が長期に亘って過度な貯蓄超過(=資金余剰)の状況にあり、有効需要不足を穴埋めするために政府部門が代わりに投資超過(=資金不足)つまり国債等の発行を継続している状況を指すに過ぎない。ここで財政再建を急ぐことが不可欠な理由としては、概ね以下の2点に代表される主張がなされる。しかし、筆者が目にするそれぞれの主張には矛盾が含まれていたり、合理的あるいは現実的な説明に疑問を感じることが多い。

  1. 財政赤字拡大に歯止めがかからないと、海外に向けて資金が逃避するキャピタルフライトを招来するなどから、国債売却による金利上昇リスクが高まり、利払い負担等の増加から財政のサスティナビリティが危うくなる。
  2. 現在の日本は経常収支が黒字だから国債消化に問題はないものの、今後は高齢化等の要因で貯蓄率が低下して経常収支が赤字になる可能性がある。経常収支が赤字になると財政破綻リスクを強く認識するようになり一気に国債売却→金利上昇を招く。

前者の主張について疑問を感じるのは、仮にある投資家が一旦国債を売却したとしても、その売却した資金は国内のどこかに止まり、預金などの形で金融機関に吸収されるためである(理論的には箪笥預金の場合もあるが、ここでは捨て置く)。預金を受け入れた金融機関で他に貸出需要がない以上は国債投資に再度回ることになる。海外へ資金が逃避するとした場合も同様で、そのような状況下、円貨で投資を受け入れる海外の経済主体がある訳でもないし、円貨を売却して外貨に替えて海外へ持出すのが通常だろうから、やはり売却資金(円貨)は国内に滞留することになる。
無論、以上の議論は全体としてマネーストックが減少するような信用回収が行われない条件が必要だが、全体としてネットで貸出が回収されるような場合には、従前もそうであったように追加の国債発行→財政出動によってマネーストックを減少させないことが政策的に重要となるのではないか。つまり、非伝統的な手法を含め金融緩和、財政出動が継続すれば、一旦売却された債券は再び他の経済主体に購入されることで(タイムラグはあるが)、金利水準も基本的に変わらない状況が続くということになろう。


後者の主張に関しては、確かに将来において日本の経常収支が赤字状態になる可能性は否定できない。ただし、主張に疑問を感じるのは、外需依存の大きい日本の経済構造から考えて、現実にそうした状況は容易に実現しないだろうし、仮に実現したとしても、その状況(経常収支が赤字の状況)こそが基本的に現在の日本にとって望ましいと考えられることによる。というのも、経常収支が赤字の状況ということは、貯蓄-投資バランスから考えて、国内経済主体である「家計」「非金融法人企業(事業会社)」の消費や投資が活発で貯蓄を上回る状態にあることを指す。低水準の貯蓄を上回る消費や投資では経済成長にとって効果がないとの反論が聞こえてきそうだが、その場合でも従前に蓄えてきた貯蓄を取崩すことは、消費や投資に資金が回らなかった貯蓄過剰状態の緩和を意味するので、基本的に経済活動全体にとっては無論のこと、財政支出抑制というプラス面も有する。
そもそも、日本は1968年(昭和43年)以来、2度のオイルショック時を除いて、継続的に経常収支黒字を維持してきた。その40余年における経常収支黒字の累計額は360兆円に上り(計上年時の円換算額の累積)、今後、相当年数に亘って経常収支赤字を計上し続けても累積黒字額、つまり対外純資産が由々しき水準にまで大きく減少する可能性は低い(※1)。また、仮に相当な期間に亘って経常収支が赤字になったとしても、上述のプラス面から財政状況は好転するので、この場合は自然と財政再建に向けた道筋が描けることになる。


この他、財政再建を急ぐ理由として「円安に歯止めが利かなくなる」、「企業への貸し出し需要増加から金利上昇するリスクがある」など様々なことが主張されている。本稿では全ての主張に疑問を差し挟むのは遠慮するが、要するに財政再建を急がねばならないとの主張の理由が、感覚的なものが多く今ひとつ根拠として希薄に感じられてならない。また、仮に財政再建が必要だとしても、そのための方法が消費増税という論法は、やや短兵急に過ぎやしないだろうか。グローバルインバランスが行き詰まり、改めて需要をどう創出するかという問題に直面している中で、需要を抑える政策を起点にするのはいささか奇異と感じるのは筆者だけではあるまい。

(※1)維持すべき経常収支の黒字の累積額や対外純資産の適正水準を特定するのは容易でないが、通常は輸入の数カ月~1年分程度とされる。なお、対外純資産額は2009年末で266兆円だが、360兆円と計算される経常収支累積額に比して小さい。これは円高によって減価したなどによる。また、本邦対外資産はドル建てが大半で、対外負債は日本企業の株式投資など円建てが中心のため、仮に財政不安等で円安になると対外純資産(円換算額)は大きく増加するので予め指摘しておく。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス