海外におけるバイオ燃料生産事業(取材後記)

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1.ベトナムにおけるバイオエタノール生産事業

開発途上国においても、電力需要の急増またはエネルギー安全保障の観点から、風力、太陽光、バイオマス等の代替エネルギー開発の必要性が指摘されて久しい。しかし、実際には、これらの再生可能エネルギーが急速に増大するエネルギー需要を満たすことは難しい。このような状況において、近年新たに登場したのが化石燃料に代わるバイオ燃料導入の動きである。バイオ燃料の導入は、再生可能エネルギーと異なり、国の財政または経済政策等に即効的な効果があることから注目を集めている(※1)。バイオ燃料の導入は、原油輸入国にとってとりわけ重要な意味を持つ。つまり、原油依存度の低減(国際収支の改善)に加えて、開発途上国にとって大きな産業基盤を構成する農業の生産物が石油代替燃料の原料となり、バイオ燃料推進政策は農業振興および農村部における貧困対策としての効果がある。この動きは、アジア太平洋地域においても例外ではない。当該地域では、特に中国およびインドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ等のASEAN諸国がバイオ燃料導入政策を取り積極的に推進している(※2)。これに続く第二陣として近年注目されているのがベトナムである。バイオ燃料生産販売事業は開発途上国の石油会社および外資企業が主たるプレーヤーとなる場合が多い。
以下、このような事業環境の中で新たに登場したプレーヤーを紹介する。加えて、最近バイオ燃料を輸入する先進諸国およびバイオ燃料生産を促進する途上国政府が当該事業に関連して検討する傾向にある食料問題あるいは社会・環境問題への影響(environmental and social impact)を防止する措置に触れる。これは、単に現行法に抵触しない限りにおいて効率的な事業計画を立案・実行しようとするこれまでの事業者の基本的な考え方を根本から問うものであり、また、事業資金の観点からはコスト増加要因となるという意味からバイオ燃料生産事業者にとって重要な意味を持つ。

2.新たなプレーヤーの登場

ベトナムにおけるバイオエタノール生産事業は、これまで、ペトロベトナム(Vietnam National Oil & Gas Group, “PETROVIETNAM”)による3事業(※3)およびドイツ企業による事業(※4)または日本の伊藤忠商事の事業(※5)等が地元で報道されている。このような地元国営企業または海外大手企業の動きの中で、最近、我が国の中小企業による新たな動きが出てきた。MSバイオエナジー株式会社(以下、「MSバイオエナジー」)の事業がそれである。同社(※6)は、日本の大手ゲームメーカーに対してゲームソフト開発事業を展開する株式会社マイルストーンにより設立された会社であり、全くの異業種からの参入である。実際の事業展開には、石油事業またはバイオ燃料事業に造詣の深い人材を登用している(※7)。同社の事業計画によると、事業サイトはベトナム中部ダクラック省ホアフー工業団地、原料はキャッサバ等、操業開始は2012年、年間生産量は12万KL、総投資額は約70百万ドル。生産されたバイオエタノールの6割は国内消費向け、残りの4割が海外向けという。また、資金調達については、現地金融機関からの借入が主で、残りは日本国内の投資資金である。公的資金の投入計画はない模様である。
新しいタイプの事業主体が登場することは、本来的にホスト国の経済・社会発展に有形無形の貢献をすることであり、歓迎すべき現象であろう。今後共、多くの新規参入者の登場が期待される。但し、バイオエタノール生産事業は工業分野の事業とは異なる性格を持つ点に留意する必要がある。つまり、バイオエタノール生産事業は、バイオエタノールの原料作物の栽培(耕運・肥料投入・播種・栽培管理等)または調達、および、プラントにおけるエタノール変換(搾汁・発酵・蒸留)から成る。換言すると、バイオエタノール生産事業は前工程の「農業」の部分と後工程の「工業」の部分で構成されている。先述の通り、開発途上国の主な産業は基本的に農業で構成されており、バイオエタノール生産事業は良くも悪くも農業の実施主体としての農民あるいは農村生活に多大の影響をもたらすことになる。一歩間違えると、外資による植民地時代のプランテーションを想像させる。この意味から、ホスト国の持続可能な経済社会発展(※8)に寄与するバイオ燃料生産事業を模索することが特に必要となる。

3.ベトナムにおける事業環境

ベトナムにおけるバイオ燃料事業は、近隣のASEAN諸国に比べて10年程度遅れている(※9)。ベトナムがバイオ燃料事業に本格的に取り組み始めたトリガーは、2007年にフィリピンのセブ島で開催された第二回東アジアサミットにおいて採択された「東アジアエネルギー安全保障に関するセブ宣言」(※10)である。2007年から2008年にかけて、ベトナム政府は矢継ぎ早にバイオ燃料事業を推進するために法制度整備を行っている(※11)。2007年11月に公表された首相決定(Decision 177)は、外資による投資を奨励している。特に、2007年から2015年の期間中には、手厚い投資優遇措置が取られている。具体的には、バイオ燃料生産事業を行う事業主体の法人税は免税(Decree24/2007/ND-CP)、農地に関しては20年間の優遇賃貸借利用が可能、更に、バイオ燃料生産事業に伴う資本財等の輸入に係る優遇税制の適用等が提供されている。他方、上記の首相決定(Decision 177)には、バイオ燃料生産のための耕作地として「遊休地または生産性の乏しい土地」が明記されているが、食糧安全保障問題への言及もなければ、バイオ燃料生産のための作物選定への言及もない(※12)。この意味から、今後、バイオ燃料生産に関連した食糧安全保障問題はホスト国だけでなく、発展途上国からバイオ燃料を輸入する先進諸国においても何らかの規制的措置が取られる可能性が大きい。

4.バイオ燃料事業に影響を与える新たな規制策定の動き

近年、地球温暖化対策または運輸部門の石油依存度の低減を目指して、国際的にバイオ燃料の開発・利用が推進されているが、他方において、バイオ燃料の開発・利用は、その経済的利益にのみ注目して事業活動が展開されれば、容易に食糧との競合問題、森林破壊等の環境問題、農業従事者の人権または労働者の権利に係る問題、更には、原料作物が栽培されている地域における社会的な問題が発生する可能性がある。とりわけ開発途上国の場合には、そのような事態が発生する可能性が高い。このような観点から、近年、欧米においては、バイオ燃料の持続可能性(sustainability of biofuels)基準が制定され運用されている(※13)。我が国では、経済産業省・内閣府・農林水産省・環境省が連携して「バイオ燃料持続可能性研究会」が組織され、制度化のための検討が行なわれている。2009年4月には「日本版バイオ燃料持続可能性基準の策定に向けて」と題する報告書(課題の取りまとめ)が公表されている。将来的には、我が国を含めアジア諸国においてもバイオ燃料の持続可能性の考え方が導入され、「持続可能性基準を満たす事業」と「持続可能性基準を満たしていない事業」の選別が行なわれることになる。また、外資が開発途上国において実施しているバイオ燃料生産事業のうち、ホスト国が将来的に策定する持続可能性基準に適合しない場合には、事業内容の変更を余儀なくされるケースも出てくる可能性もある。参考のために、ラウンドテーブル・オン・サステナブル・バイオフュエルス(Roundtable on Sustainable Biofuels、“RSB”)(※14)が作成した持続可能性基準に係る原則(※15)を見ると、次の通りである。

バイオ燃料持続可能性に係る原則

原則 内容
1 法令遵守 バイオ燃料の生産は、関係地域に適用される全ての法令を遵守しなければならない。また、関係する国際条約を遵守するよう努めなければならない。
2 協議・計画・監視 バイオ燃料プロジェクトは、全ての利害関係者が一般参加型のプロセスを経て計画され実施されなければならない。
3 温室効果ガス排出 バイオ燃料は、化石燃料に比べて温室効果ガスの排出を著しく削減することで気候変動緩和に寄与しなければならない。
4 人権および労働権 バイオ燃料の生産は、人権および労働権を侵害してはならない。「働きがいのある人間らしい仕事」(ILOが唱えるdecent workの意)であり、労働者の福利を確保するものでなければならない。
5 農村および社会開発 バイオ燃料の生産は、地域・農村・先住民の社会経済開発等に寄与しなければならない。
6 食糧安全保障 バイオ燃料の生産は、食糧安全保障を損なうものであってはならない。
7 生態系・生物多様性 バイオ燃料の生産は、生物多様性、生態系、保護価値の高い地域に対する悪影響を回避しなければならない。
8 土壌 バイオ燃料の生産は、土壌の健全性を向上させ、劣化を最小限に止めるように行動しなければならない。
9 バイオ燃料の生産は、地表水、地下水の汚染または消費の最小化等により、資源利用の最適化を図らなければならない。
10 大気 バイオ燃料の生産・処理による大気汚染は、サプライチェーンを通じて最小化しなければならない。
11 経済効率・技術利用 バイオ燃料の生産は、最も経済的な方法で生産されなければならない。技術利用については、バイオ燃料のバリューチェーンのあらゆる段階において生産効率と社会環境性能を向上させるものでなければならない。
12 土地の権利 バイオ燃料の生産は、土地の権利を侵害してはならはい。

(注)RSBは、上記の原則(実際には細分化された論点が指摘)を作成しているが、未だ基準は作成されていない。

(※1)ADB,“An Overview and Strategic Framework for Biofuel Development”2009,P.8.
(※2)ADB,“Status and Potential for the Development of Biofuels & Rural Renewable Energy VIETNAM”2009,P.2.
(※3)具体的な事業内容は:(1)PVOIL、年産10万KL、Phu Tho Province、(2)PETROSETCO、年産10万KL、Quang Ngai Province、(3)PVOIL、年産10万KL、Binh Phuoc Province (Vietnam Oil & Gas Group (出所:Vietnam Petroleum Institute), “Biofuel and Effects of Emissions”)
(※4)当該企業はthe Binh Tay Trade and Investment Companyとの間で、バイオ燃料の生産およびドイツ向け輸出を目的としてジャトロファ栽培(栽培面積:100,000ha。場所:Ninh Thuan and Binh Thuan provinces)等を行うために一億ドルの契約を締結した。連書人はDeputy Prime Minister.( supra. footnote 2, P.49)。
(※5)PETROSETCOとのジョイントベンチャーであり、原料作物はキャッサバ。投資額は100百万米ドル。(supra. footnote 2, P.28.)
(※6)会社設立は2008年7月。
(※7)同社の2009年12月25日付けプレスリリース。
(※8)事業計画上、具体的な問題点として契約の問題がある。原料作物の調達方法として、概念的には、土地を手当てして農業従事者を雇用する方法(大規模プランテーション型)と農家と契約する方法(契約農家型)があるが、前者は事実上困難であり、実際には後者を検討することになる。更に、後者は、個別農家との契約型、地元組合契約型、そして理念型であるが会社設立型、がある。いずれの場合を選択するとしても、農民は法律上の契約当事者能力はあるとしても、実際上の当事者能力を欠く場合が多い。
(※9)supra. footnote 2, P.2.
(※10)同宣言では、バイオ燃料および水力資源を再生可能と位置付け、これらの利用は国家エネルギー政策にとって重要性を持つと指摘された。
(※11)2015年から2025年の間のバイオ燃料開発計画を承認する首相決定(Decision 177)(2007.11.20)、2020年までのベトナム国家エネルギー開発戦略を承認する首相決定(2007.12.27)および国内におけるジャトロファの研究開発というテーマを承認する農業地方開発省令(2008.6.19)。
(※12)supra. footnote 2, P.49.
(※13)EU(2008年)、ドイツ(2007年)、英国(2008年)、米国(2007年)、GBEP(グレンイーグルスサミットで設立同意されたグローバル・バイオエネルギー・パートナーシップ)(2009年version1公表)で策定されている。
(※14)RSBとは、スイス連邦工科大学(EPFL)が主催する自主的な協議体。
(※15)RSB、“Guidelines for environmental and social impact assessment, stakeholder mapping and community consultation specific to the biofuels sector”, P.6. バイオ燃料持続可能性研究会、「日本版バイオ燃料持続可能性基準の策定に向けて」、2009年4月、9頁。

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