共同監視制度による国際金融システムの安定と多国籍金融機関のビジネスモデルの再構築

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サブプライム問題を契機として発生した世界金融危機の真っ只中にある現在、各国はなりふり構わぬ支援策を打ち出している。特に、金融機関に対しては、今回の金融危機の原因を作りながら大規模な支援策が出されていることに心情的な反発もないではない。しかしながら、リーマン・ブラザーズを見放した功罪はともかく、金融というビジネスが経済の根幹を支えるものであると同時に、グローバル化した国際金融システム全体の中でその安定を図る必要がある点は否定しえない。


それゆえ、今回の危機を収束させるという喫緊の対応と並行して、国際金融システムの安定を維持するために、金融機関に対する監督規制を今後どのように行うかが考えられなければならない。昨年来G20等において議論されている論点は、ヘッジファンド規制、格付け機関規制、自己資本規制のあり方等々多岐に亘るが、ここでは、ヘッジファンドなどに多額の資金を供給しながら自ら有効なリスク判断ができなかった巨大多国籍金融機関に対する規制を実施するための「共同監視制度」について考察したい。


共同監視制度とは、金融安定化フォーラム(FSF)が2008年4月に発表し、G7において了承された「市場と制度の強靭性の強化に関する報告書(※1)」において提示されたものである。これは、主な巨大多国籍金融機関ごとに関係する各国当局が参加する「カレッジ」を設置し、共同して対象金融機関を監視するというものである。20~30程度の国際的に活動する大手金融機関を対象とすることが想定され、わが国については、2008年12月に、三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャル・グループ、野村ホールディングスの4グループが対象となると発表された。


共同監視がどのように実施されるかは2009年中に議論されることになっており、詳細はこれからであるが、FSFをはじめとする各機関での議論を集約すると、以下のようなポイントが指摘できる。


第1に、カレッジに参加する金融当局の多重性である。すなわち、ある多国籍金融機関の国際的活動に関係する各国の金融当局のうち、資産規模やリスク・プロファイル上重要な関係を有する少数の金融当局が「コア・グループ」を作り、監視を主導する。これまでの多国籍金融機関に対する監督は、本部の存在する本国と支店・子会社のある受入国という「1対多数」を軸とし、本国が金融機関の内部管理を通してグループ全体を監督し、受入国は情報提供で協力する「連結監督」を基礎としてきた(※2)。新しいカレッジにおいても、従前の本国が共同監視の中心となると思われるが、他の受入国も均等にかかわるのではなく、重要な少数の当局に絞られることで、より実効性のある監督が期待される(※3)。その他の関係当局は、中間グループないし一般グループとして参加し、必要に応じて関与する形が取られる見込みである。


第2に、対象となった金融機関と当局の対話の重要性である。今回のカレッジは、これまでのように金融機関全体を管轄する本国に情報を集約するのではなく、個々の金融機関に対して関係する各国当局が関与するものとなる。従って、対象となる金融機関がグループ全体の戦略やリスク管理についてカレッジにおいて説明する機会が重要となる。この場合、コア・グループにおける説明であっても、コア・グループに参加する当局の管轄する事業だけ説明すれば足るというものではない。一見規模の小さいタックス・ヘイブンの取引であっても過大なエクスポージャーを抱えるリスクがある場合は、それを実質的に管理する主体の管轄当局を通じてグループのリスク管理の状況を説明する必要があるのであって、その目的は、文字通り国際金融システムの安定なのである。


第3に、情報交換の緊密化である。残念ながら、現状でもこれは期待薄である。当局間の情報交換については、これまでも二国間のMOUのほか、バーゼル委員会のコア・プリンシプルやIOSCOの勧告など多国間の枠組みも提示されてきた。しかし、そのほとんどは国内法の制約ないし各国当局の事情を優先するものであって、国際金融システム全体の安定のためだからといって情報提供を強制する規範性を有しなかった。今回のFSFの報告書でも、情報交換の重要性自体はこれまでにないほど強調されているが、これが強制力を伴うルールになるという示唆はない。もっとも、情報交換は相互の信頼に基づくべきものであって、法的強制性に必ずしもなじまない面もある。カレッジの創設によって、関係当局の信頼がより醸成され、目先の国益だけでなく国際金融システムの安定もまた自国の利益と不可分であることが再認識されることが期待されよう。


このような共同監視の下に置かれる巨大多国籍金融機関のビジネスは、今後いかにあるべきか。第1に、収益性などの問題から融資やM&A助言といった伝統的ビジネスのあり方を見直さなければならないとしても、新しいビジネスが自己のグループ戦略にとっていかに位置付けられるのかをよく理解しなければならない。新しい複雑な金融商品は、金融機関担当者でも俄かに理解の難しいものもある。まして、現場から離れた経営層にとってはなおさらである。しかし、共同監視の下では、あらゆるリスクを十分に説明できなければならない。そのため、先進的商品サービスの開発・投資は、計量的なリスク分析だけでなく、経営戦略上の意義も十分吟味される必要がある。


第2に、市場との「対話」をさらに考慮する必要がある。市場の最前線にいた金融機関担当者は、これまで誰よりも「市場」と向き合っていたであろう。しかし、ここに言う市場とは何であったか。おそらく、単なる株価であり指数であり金利であり利回りだったのではないか。金融の機能が資金を必要とする者にこれを供給し、その活動を促進するものであるという原点を想起すれば、市場との対話が何を意味するかは言わずもがなであろう。新たなリスク商品の開発・投資も、そのためのものである。共同監視における当局との対話がその先にある市場への説明責任の場であると考えれば、忌避的に考えることはない。


今回の共同監視制度とカレッジの創設は、小さな一歩であるが当局にとっても金融機関にとってもグローバル市場への向かい方を再考するパラダイムシフトの先駆けとなる可能性がある。グローバル市場の波及力を見せつけられた今回の危機と改革を契機に、すべての市場関係者が、この制度を単なる規制強化ではなく、グローバルな市場を守るための装置として活用すべきである。

(※1)FSF, Report of the Financial Stability Forum on Enhancing Market and Institutional Resilience, April 2008.

(※2)拙稿「多国籍金融機関の法的規律-多国籍企業に対する管轄権の新たな態様として-(2004年)」参照。

(※3)International Banking Federation, Colleges of Supervisors, November 2008.

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