M&Aにおける成功の要因

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  • 樺澤 敏男

緒言


2014年1月から11月までのM&Aの件数は2068件を数え、2013年1-12月の2048件を既に上回る活況である。小職が社会人デビューした1986年には年間400件足らずのM&A件数であったことを考えると隔世の感があるが、1999年に初めて年間1000件を超えた後、2000年代に入って勢いは加速しリーマンショック前の2006年に2775件とピークを迎えた後も2011年の1687件をボトムに再度右肩上がりに年々増加してきている(※1)


事業の選択と集中、少子高齢化による国内マーケットの縮小、世界規模のメガコンペティション、事業承継、企業再生等々、M&Aは多様な理由に起因するが、いずれにしてもM&Aが我が国の企業において経営戦略の具現化の為の重要な施策の一つとして定着してきたことは確かなことである。


しかしながら、これだけ活況を呈しているM&Aであるが、一説によると8割は失敗といわれている。実際華々しく新聞の紙面を飾った案件でも、残念ながら数年すると投資資金を回収できないまま提携解消や事業売却のニュースを目にすることがある。


今回は長くM&Aの実務に携わってきている立場から、M&Aにおける失敗の理由とその裏返しにある成功する為の要因を考察してみたい。

M&Aにおける成功の定義と失敗の理由


何を持ってM&Aにおける成功又は失敗というかを一概に定義することは難しいが、投資資金を回収することは必要最低限の合格ラインとして、ファイナンス理論に基づけばM&Aにおける成功とは、買い手企業が現状のまま単独で事業を続ける以上に、対象企業を買収することによって生まれるシナジーによって新しい企業価値を創造出来たかということであろう。


しかしながら上記のようなことを企図して実行したはずのM&Aが実際上手くいかない理由は、①M&A戦略が不明確②高く買い過ぎる③統合後のPost Merger Integration(PMI)の準備不足の3つに集約されると思料する。
ということは、この3つの失敗の理由の合わせ鏡にM&Aが成功するための要因が存在する。

1.M&A戦略の明確化


自社の強み・弱みは何か。必要な経営資源は何で、そのうち何を自社で賄い、何を外に求めるのか。何処に不足した経営資源は存在し、M&Aを通じてどのように獲得したいのか。当たり前のことのようだが、こうしたM&A戦略を明確に持っている会社は案外少ない。


3C(Customer:顧客、Company:自社、Competitor:競合企業)やSWOT、Mポーターが考案した5F(ファイブ・フォース)等のフレームワークを駆使し、日頃より自社のM&A戦略を明確にしておくことが成功の秘訣となろう。併せてM&A戦略を具現化するための対象先ロングリストを常備しておくことが望ましい。


M&Aのオリジネーション活動を通じて、「良さそうな案件があれば持ち込んで下さい」とか「何でも幅広に検討します」という声を時々聞くが、そうした待ちの姿勢でM&A戦略が不明確なまま、金融機関や専門業者から持ち込まれた案件に飛びついてビッド競争に巻き込まれることは避けるべきである。孫子の兵法ではないがいつの時代も「敵を知り己を知れば百戦危うからず」である。

2.高く買い過ぎない


買い手側は、是が非でも対象企(事)業を買いたい場合やビッド案件で競合企業がいる場合、高めに対象企(事)業を算定しがちである。


M&Aの目的が営業基盤拡大であり、買収のコンペティションに競合企業がいる場合には陣取り合戦の要素もあるので、「どうしても競合企業に取られたくない。その為には多少高くてもどうしても買いたい」という気持ちになるのは理解できるが、この場合でも競合企業との買収価格を相対比較するだけでなく、対象企業の価値算定を公正中立に行い、自社における買収可否の基準を明確にして、その基準と実際の売買価格を照らし合わせて比べるという絶対比較が必要となる。そして両者を比較して実際の売買価格が高すぎる場合には諦めるという選択肢を常に想定しておかなければいけない。


基準を設ける際に必要なことは、M&Aを通じて顕在化が可能と思われるシナジーの検証をしっかりと行うことである。


具体的には対象企(事)業単独の価値を算定すると同時にシナジー(支配権)プレミアムを計算しておくことが必要である。例えば、現在1000円の株価の対象先企業を買収することによって50%増しのシナジー効果が見込めるとする。この500円分が潜在的なシナジー(支配権)プレミアムである。このプレミアムの理論的根拠は対象先企(事)業単独では創造出来ないが、買い手が買収することによって買い手と対象企(事)業が統合された結果、新しく創造出来ると考えられる価値ということである。これは現株主(売り手)が将来の潜在価値の享受を諦めて売却に応じ、買い手が株主となることによって実現する価値であるので、その潜在価値であるプレミアムの一部を売り手に先渡しで分配することで売買を成立させることになる。上記の場合、理論的には0円から500円までの間でプレミアムを売り手に支払うことになる。0円では売り手は売るインセンティブは無いし、500円支払うと買い手は買うインセンティブが無いということになる。


最悪のケースは買い手がプレミアムとして幾ら払っていいのかが解らず、その時点でのTOBにおけるプレミアムの市場平均のみを根拠に買収価格を決めてしまったり、どうしても買いたい為に買収価格に夢のようなシナジー効果を加味したりして、本源的なプレミアム以上に売り手に支払ってしまうことである。

3.買収後の統合作業PMIの準備


シナジーとは、何だろうか。それは営業基盤の拡充による売り上げ増大であったり、仕入経路の共通化や重複部門の統廃合によるコスト削減であったり、様々な要素があるだろう。いずれにしてもそれらを具現化するためには、異なった企業文化・歴史・風土を持った2つ(以上)の組織体を出来る限り早く効率的に円滑に統合するというPMIの成功が不可欠になる。しかし残念ながら買収価格算定において詳細にシナジーを計算しているのにもかかわらず、それを具現化するPMIの準備が不十分なケースがよく散見される。


PMIと一言でいうが、人事制度の面では、役職員の評価や報酬(インセンティブとモチベーション)、人事異動等による人事交流、人材育成などキャリアパスプラン。組織運営の面では、最適な企業統治体制、取締役会の構成や責任と権限を明確にした分掌規程。経理財務の面では、予算策定とそれに基づく予実管理、資金調達、会計上のルール。それ以外にも課題をあげればキリが無いほどやるべきことが満載である。


その為にもデューデリジェンスの段階からその情報を企業価値算定に反映させるだけでなく、買収後のDay1プランや最初の3か月を想定した100日プランの策定に活用するなどして、買収後の統合計画のグランドデッサンをしておくことはPMIの基本動作となる。又、対象企業のキーパーソンとの統合後の事業の方向性についての意思疎通や価値観の共有化も、買収価格に織り込んだシナジープレミアム具現化の為に必要不可欠なことである。

まとめ


企業価値を創造する経営資源には流動資産や固定資産のように貸借対照表に掲載される資産と、人材・知財・技術・ノウハウ・ブランド・営業ネットワーク・そして組織として長年築いた企業文化等、貸借対照表に掲載されない資産がある。将来キャッシュフローの総和を合理的な資本コストで割り引いた数値が企業価値であるならば、将来キャッシュフローを創造するためのこれら経営資源獲得がM&Aの目的である。


従って対象会社の持つ経営資源の何が自社に必要なのか、それらの適正な価値は如何ほどなのか、統合後それらを毀損することなく最大限活かしていくための方策はどのようなものか。これらの問いに対する具体的な答えを用意してM&Aに臨むことが成功の要因となるのである。


(※1)『MARR』2015年1月号

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