M&Aプロセスにおけるバリュエーションの位置付けとフィナンシャルアドバイザーの存在意義

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  • 樺澤 敏男

M&Aにおけるプロセスの中で企業価値算定(以下、バリュエーション)は、「果たして適正な対価は如何ほどなのか?」というディールの根本的課題解決の為に行う手続きであり、ディールの成否を決定づける重要な位置付けのものである。


その数値は、売り手にとって「なるべく高く売りたい。」、また、買い手にとって「なるべく安く買いたい。」という定量的な意思決定の基準になるだけでなく、上場、未上場を問わず株主を始めとするステークホルダーに対する取締役の善管注意義務違反や忠実義務違反を回避するための論拠ともなる重要なものである。


したがって、多くの場合、M&Aの当事者になる会社は、出来る限り公正で中立な立場のフィナンシャルアドバイザーに相手先企業(場合によっては自企業)の価値算定を依頼し、ステークホルダーへの説明責任を果たすことになる。


こうした背景によりバリュエーションを行うわけであるが、一言で適正な価値算定といっても答えの導き方は一つではなく、実際のバリュエーションの算定においては、一定の前提条件の下、様々な手法を用い算定された数値を複合的に勘案して理論的に価値を構成することになる。


言い換えれば、ここでいう適正価値とは、「(企業価値に唯一絶対的な解は存在しないものの)現時点で株主を始めとするステークホルダーに、合理的かつ定量的に説明が出来る数値」であるといえる。


M&Aにおける企業価値において上場企業の場合、実際の取引では市場株価がベースとなる場合が多い。何故ならば、「現時点での株価は、現時点での当該企業の収益性、資産性、将来性等が、不特定多数の投資家による自由売買によって、適正に反映された企業価値の一株当たりの価値である。」との前提に立てば、実際に市場で売買される株価が、現時点での企業価値を導く重要な指標になるからである(※1)。しかしその一方でファイナンスの理論にあるように完全に効率的な市場は存在しないので、株価が常にその会社の企業価値の実態を現しているものとは限らないという考え方もある。


すなわち株価はその時のマクロの経済動向にも影響されるし、短期的には市場の売り手と買い手の需給のバランスや、その折々のテーマに沿った人気投票的な側面もあることも考慮しなければならない。また、当該企業と投資家の間には、情報の非対称性があり、その企業の持つ価値創造のドライバーである内部情報も常に顕在化されて株価に織り込まれているわけでもない。


したがって、買収価格の妥当性を検証するために、現時点での市場株価をベースにするものの、DCF法、EBITDAマルチプル、(簿価又は時価)純資産法などの、インカムアプローチ、マーケットアプローチ、コストアプローチの手法を併用して、企業価値を算定することになる(※2)。しかし、インカムアプローチであるDCF法は、①そもそもの事業計画の数値、または割引率や成長率などの前提条件の置き方によって、導き出される数字はどのようにでも変わる。②極めて不確実な未来における価値である残存価値(Terminal Value)が導き出された企業価値の大部分を占めてしまう。③資本構成が現在のまま一定であると仮定したWACCが、将来価値を算定する割引率として相応しいのか等々、沢山の論点を内包しつつ、実務で使用されているのが現状である。


言い換えればDCF法は、現時点で、ある一定条件のもとで一定のルールで計算することによって導き出された企業価値であり、前提条件が変更された場合、その価値も又変更されていくものに過ぎないのである。


マーケットアプローチであるEBITDAマルチプルも現時点のキャッシュフロー捻出力で対象会社を買った場合、何年分のキャッシュフローで買収資金の回収が可能かという観点としては、定量的に計測可能であるが、マルチプルが如何ほどであれば割高か割安かの目途は、株式市場におけるPERと同様、その時々のM&Aマーケットにおける様々な要因で変化するものである。ゆえにEBITDAの何倍が適当だという絶対評価はないので留意が必要である。


要するに、企業価値算定には残念ながら唯一絶対の手法が無いのはいうに及ばず、様々な手法もそれぞれに完璧とはいえず、したがって前述の通り、複数の手法により数値を算定し、複合的に企業価値を構成していく必要がある。


こうしたバリュエーションの計算手法のhow-toについては、書店に行きファイナンス関連の書棚を探せば、そういった書籍は枚挙に暇が無いし、また、数値そのものだけを導き出すのであれば、一定の公式が組み込まれたエクセルシートに決められた数字を入れれば、今日では誰でも計算可能なものとなっている。


しかしバリュエーションの作業工程において最も大切なことは、数字が導かれた前提条件や仮説が合理的であるかどうか、各手法によって導かれた数値の差異に対する理解とそれを如何に複合的に統合するか、現時点の株価や純資産に対してプレミアムを支払う場合、それが買収コストとして見合うものかどうかの見極め等、諸々の理論武装をどのように構築するか、ということである。そしてこうした理論武装の上に組み立てられた数値だからこそ、適正な企業価値として意味を持つのである。


M&Aのプロセスにおいて、このような一連のサポートこそが、フィナンシャルアドバイザーに期待されている役割であり、また、この期待に応えることがフィナンシャルアドバイザーの腕の見せ所であり、必要とされる存在意義であることはいうまでもない。


弊社は、今まで多数のお客様よりバリュエーション業務をご用命いただいてきた。そして、バリュエーション業務を通じて培った知見やノウハウの蓄積による競争優位性を有した多数のコンサルタントが在籍していると自負している。


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(※1)実際には一時的な変動要因を避けるため、1か月から6か月程度の株価の期間平均をVWAPなどの手法で計算する。
(※2)Going Concernとしての企業価値評価の場合、通常はコストアプローチを用いることはレアケースであるので、ここでは、言及はしていない。

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