M&Aで企業は成長するか

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  • 栗田 学

我が国において、M&Aは企業の戦略としてすっかり定着してきた。1990年代は概ね年間500件以下で推移してきた日本企業同士のM&Aは、2000年代に入ると1,000件以上、年によっては2,000件を超える件数のレンジに跳ね上がった(※1)。業種別にみて多いのは非製造業である。2012年上半期のM&A件数をみると、上位7業種のうち製造業は「電機」だけであり、「ソフト・情報」「サービス」を筆頭に「その他金融」「その他販売・卸」「その他小売」「総合商社」が続いている(※2)

2012年上半期(1~6月)M&A件数の業種別内訳(数字は件数、上位10業種のみ表示)
2012年上半期(1~6月)M&A件数の業種別内訳(数字は件数、上位10業種のみ表示)

出所:『MARR』(2012年8月号)データより作成


こうしたM&Aは企業の業績指標にどのような影響を与えているだろうか。 ITに関連する代表的な業種である「情報・通信」を例にとって、いくつかの経営指標をみてみよう(※3)。この業種は比較的規模の経済が働きやすく、またネットワーク効果の影響も受けやすい。したがって、M&Aによる業容・業態の拡大は他の業種にも増して有効な戦略となりうる。


我が国の株式市場に上場・公開している情報・通信業の企業のうち、2012年6月30日までの2年間にM&Aを実施した/していない企業群の間で、直近期とその前々期の経営指標の成長率を比較した(※4)。その結果、売上高はM&Aを実施した企業群が平均で1.49倍に成長したのに対し、実施していない企業群は1.07倍にとどまった。また、営業利益について黒字であった企業のみに限定すると、M&Aを実施した企業群が平均2.32倍に成長したのに対し、していない企業群は1.61倍の成長にとどまっている。当然のこととはいえ、売上高、営業利益に関して見ればM&Aは有効な戦略であることが確認できる。


しかしながら、時価総額で見ると様相はだいぶ変わってくる。M&Aを実施した企業群の増加率が平均で1.18倍であったのに対し、していない企業群は1.12倍とその差はわずかである(※5)。統計的な有意差も認められない。すなわち、M&Aの実施は、売上高や営業利益の成長には一定の貢献が期待できるものの、必ずしも株価の上昇につながっていない。


この点における主因の一つは、のれんの償却である。昨今の急ピッチの円安を例にとるまでもなく、経営環境の急変は時に想像を超え、買収先の業績を一変させる。買収先の価値が下がればのれんの減損処理を行う必要があり、買収側の業績を圧迫する。このことが買収先への投資を躊躇させている。いま一つには、M&Aによる今後の成長戦略が株主に伝え切れていないことがあろう。すなわち、M&Aによってどのようなシナジーが生まれるのかが投資家に十分伝わらないことが、株価の上昇に結びつかない要因である。企業のM&Aは、PMI(Post Merger Integration)を含めたM&A後の動向が注目されていることを忘れるべきではない。


(※1)MARR Online
(※2)『MARR』(2012年8月号、株式会社レコフデータ発行)のデータによる
(※3)データは連結がある場合はすべて連結の値で計算。業種は東京証券取引所で発表している業種(33業種)のうち「情報・通信」を使用し、データが入手可能な企業のみ集計。
(※4)例えば直近が2012年3月期の場合、2010年3月期の値と2012年3月期の値の間で成長率を計測。なお、M&Aの定義はある会社への出資を50%未満から50%超に増やすこととした。
(※5)時価総額の成長は、2012年6月29日の値を2010年6月30日の値で除して計算。

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