政策保有株式再考:環境変化を踏まえた適正な管理が求められる

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  • 深澤 寛晴
ステークホルダー間で異なる利害
政策保有株式に関しては、従前より外国人投資家を中心に批判の声が絶えないが、未だ株式保有がゼロの企業を探す方が難しいのが実態だ。TOPIX1000に採用される事業会社899社の内、政策保有株式を一切保有しない企業はわずか19社に過ぎない(※1)。10億円以上の政策保有株式を持つ企業は739社に達し、うち361社では自己資本(※2)の10%を超えるから財務的にも軽視し難い存在と言えよう。
政策保有株式に関する議論を複雑にしているのはステークホルダー間の利害対立だ。経営者、取引先、株主、及び債権者の4者に関して考えてみよう。事業上の関係維持・強化を目的に、取引先との間で互いの株式を市場で買付け、保有するケース(いわゆる持ち合い)を想定してみよう。経営者の視点からは、[1]取引関係の安定化とともに、[2]安定株主を確保することで中長期を見据えた経営が可能になる、というメリットが考えられる。取引先の利害に関しても同様のことが言えよう。
一方、(取引先以外の)株主の視点からは、[3][1]による利益は保有コストに見合うのか、[4][2]はガバナンス機能の低下につながらないか、[5]株価変動が財務健全性を損なわないか、といった懸念が生じる。政策保有株式に対する批判が収まらないのは、このような懸念が払拭されず、経営者との利害が対立している証左と言えよう。債権者にとっても、企業が財務健全性を保ちつつ利払いに十分な利益を得ることは重要だから、[3][5]に関しては株主と同様の立場に立つと考えられる。同様の利害対立は、社内でも生じている可能性がある。取引先との関係を社内で代弁する営業部門が株式保有を主張し、株主・債権者との関係を代弁する財務部門が反対する、という構図だ。
環境は大きく変化:IFRS、保有状況の開示、自己資本規制、SWF
近年、政策保有株式を巡る環境は大きく変化している。具体的には、(1)会計や開示に関するルールの変更、(2)銀行・生損保の動向、(3)世界的なカネ余りとM&Aの活発化、が挙げられる。(1)会計に関しては、国際会計基準(IFRS)の影響が大きい。日本でも2012年3月末から包括利益の表示が始まり、政策保有株式の時価変動が包括利益の中で損益計上される予定だ。また、10年3月末以降は有価証券報告書において政策保有株式(※3)の株数や保有目的の記載が求められるようになっており、11年3月末以降は範囲が拡大される。今後、政策保有株式に対する投資家等の注目度は高まる方向にあると考えるべきだろう。
(2)に関しては、自己資本規制(バーゼルII・III、ソルベンシー・マージン)の影響が重要だ。銀行や生損保は90年代半ばまでは安定的な株式保有主体だったが、同後半以降は保有株式の圧縮を進めている。規制強化をにらみ、今後は圧縮を加速させる可能性が高い。事業会社は持ち合っていた銀行・生損保株式の扱いだけでなく、銀行・生損保が手放す自社の株式の取扱いに関して対応が求められよう。約1400兆円とされる家計金融資産は株式保有の有力な選択肢だが、「貯蓄から投資へ」のシフトが順調に進んでいるとは言い難い。成熟化が進む年金も運用リスクは抑制の方向で、株式投資に積極的になり難いのが現状のようだ。
(3)日米欧の金融緩和とグローバル・インバランスを背景に世界的なカネ余りが生じており、リーマン・ショック以降停滞していたM&Aが再び活発化していることにも注意が必要だ。特に、巨額の経常収支黒字を抱える中国や資源国を中心にSWF(政府系ファンド)の資産が拡大を続けている点は見逃せない。既にSWFが保有する資産は4.26兆米ドル(約354兆円)(※4)と東証一部の時価総額(296兆円)(※5)を超えている。SWFがファンドに投資するケースが増えている点も要注意だ。今後、SWFが直接的に日本企業を買収するケース、或いは買収ファンドやアクティビストへの投資を通じて日本企業と対峙するケースが増えてくる可能性がある。
明確な社内ルールの整備が必要
環境が変化する中、利害対立の状態を放置すれば、(1)政策保有株式を多く保有する企業を中心に株価低迷が続き、(2)銀行・生損保が手放した株式が(3)買収ファンドやアクティビストの手に渡る可能性は否定し難い。これを避けるために事業会社間で持ち合いを強化する場合、株価低迷に拍車がかかり買収ファンドやアクティビストのターゲットとなるリスクが高まる可能性がある。また、社内でも部門間で不要な対立が続くことも懸念される。政策保有株式を全て売却すれば解決するだろうか。需給悪化から短期的に株価が下落する懸念が否定し難い上、浮動株が急増すれば買収ファンド等のターゲットにもなり易くなるだろう。また、政策保有株式のメリット[1][2]が失われれば、経営が短期志向に陥り中長期的な競争力低下も懸念される。政策保有株式に関しては、現状の利害対立は望ましくないものの、全面的な売却も望ましい結果にはつながらない可能性がありそうだ。
現実的には、株主が抱く[3]~[5]の懸念に対して企業(経営者)が合理的な説明をしていくことが解決策ではないだろうか。合理的な説明の困難な株式に関してはタイミングを見て売却を検討するべきだろうし、逆に合理性の高い新規保有を過度にためらう必要はないはずだ。[3]~[5]を踏まえた社内ルールを設けることで株主への説明が容易になり、アクティビストや買収者と対峙するケースでも十分な対応が可能となろう。また、社内での不要な部門間対立も回避できるはずだ。ルールは明確・論理的でなければならないが、ルールを適用すると全ての株式を売却せざるを得なくなってしまうようでは実務的とは言い難い。ルールを定量化する一方で機械的な適用を避け、融通を利かせる余地を残すことも検討に値しよう。
政策保有株式を巡る問題は複雑ではあるが、複雑なまま放置していては解決には近付かない。1つ1つ整理していけば、自ずと解決策は見えてくるのではないだろうか。
(※1)会計上、「その他有価証券」として扱われる株式を対象とし、2010年1-12月の期末を迎える決算期に関して大和総研集計。
(※2)株主資本と評価換算差額の計。
(※3)正確には「投資有価証券に該当する株式のうち保有目的が純投資目的以外の目的で保有する株式」。
(※4)SWF Instituteより。2011年3月末時点。
(※5)東京証券取引所より。2011年3月末時点。

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