2015年11月04日
「貴社人事制度の一番の課題は、評価制度ですね」と人事責任者の方に申し上げると、十中八九「わが意を得たり」という表情をされる。また、ある調査によると「人事評価に満足している」のはわずか3.2%とのことだ(※1)。多くの企業において評価制度は人事面の最大の課題であると言えよう。
同調査によると、評価の断トツ1位の不満理由は「評価基準の曖昧さ」である。最も不満の多い「評価基準」を明確にさえすれば全ては解決するだろうか。評価基準は必要条件ではあるが十分要件ではない。
重要なのは基準ではなく「評価者のスキル・意識」である。評価をうまく運用するには、極論すると基準や制度は不要で、評価者が以下を出来さえすればよい。
- 評価者が、ビジョンや戦略に基づく組織の評価軸を理解している
- 評価者が、評価軸に沿って部下の日々の仕事ぶりや成果を評価する
- 評価者が、評価をもとに利益を適正に配分する
つまり、評価軸が共有できてさえいれば評価制度は不要だし、あったとしても極めてシンプルなもので運用ができる。ところが、未熟な管理職ほど「この評価項目では評価できない」「数字でのみ測れる評価項目にしてほしい」との要望を述べがちだ。
管理職の力量不足を嘆いていても始まらない。評価制度の立て直しにおいては、「評価軸を理解させる」ことに加えて、「評価の目的を理解させる」そして「評価に自信を持たせる」ことが求められる。以下、特に効果が高い4つの取り組みをご紹介したい。
1.評価基準(評価項目・評語)の改善
評価軸をわかりやすく示し、評価者をできるだけ悩ませない基準を目指したい。特に厄介なのは、プロセスや能力、意欲など数値に表しにくい評価項目だ。
例えば、「報告・連絡・相談」という評価項目があったとしよう。一般的な評語の定義(表左列)では、「期待通り」と「期待をやや上回る」の違いは分かりにくく、何をすればBなのかAなのかと評価者を悩ませてしまう。一方改定案(表右列)は、各ランクの具体的な行動例を示し、最も近い行動を選ぶものだ(行動アンカー方式と呼ばれる)。管理職の悩みは軽減されるし、同時に組織にとって特に望ましい行動を共有することができる。例えば以下改定案ではSランクの行動例の「自立的な行動」「改善案の提言」がそれにあたる。

そのほか「評価基準」でありがちなのが、人事担当者がトップや各部署に求める人材を聞き、すべて盛り込んだ結果、社内はもちろん社外でもめったにお目にかかることができないスーパーマン・ウーマンを求める項目になっていた(※2)というものだ。結果、事実と異なる評価が横行してしまう。評価項目を厳選し、評価者に熟考してもらうことは意識したい。
2.「人材育成」目的の強調
評価者が部下へのフィードバック面談や低い評価を避けたがることは多く、評価運用における最大の課題とも言えよう。対策として面談の証跡を提出させたり、評価の分布制限をかけたりすることで、強制的に実施することも一案ではある。しかし、ここでは負担感を軽減する視点を紹介したい。
評価には「処遇への反映」だけではなく「人材育成」の一面もある。忘れられがちなので強調したいところではあるが、実は評価者の負担感を軽減する効果が期待できる。例えば、「評価は人材育成にとって非常に重要な役割を持っています。評価によって課題を明確にし、フィードバック面談で改善策を見つけ出すことは『部下のため』に必要なことです」というメッセージを強く打ち出すのだ。気が重い低い評価も、厄介なフィードバック面談も「部下のため」とすることで、評価者のためらいを軽減し意識と行動の変化を促すことができる。
3.評価者研修・評価会議の実施
評価基準やしくみで改善できることも多いが、スキルを高め、自信を持たせるには、やはり、集合研修や評価会議が効果的だ。周囲の管理職と意見交換したり、悩みや好事例を共有したりすることは、評価軸のズレを抑えることにもつながる。
このような場は人事サイドにもメリットがあり、評価者のスキルを見極めたり、建設的な意見を吸い上げたりする機会にもなる。研修については1~3年ごとの定期的な実施により、評価の質が高まった例は数えきれない。準備の手間も時間もかかるが、強くお勧めしたい。
4.経営陣のコミットメント
どれほど素晴らしい制度を作り評価者研修を開催しても、経営陣に以下のような行動が見られた場合、制度は有名無実化し社員の意欲は一気に低下する。
- 経営陣が、評価制度を無視した運用をする
- 経営陣が、評価軸に逸脱するような言動をとってもおとがめがない
経営陣の中で評価軸がずれているのであれば、経営理念やビジョン、行動指針を再確認して目線を合わせることが必要となるし、役員の評価軸や評価ルールさらには役員報酬体系そのものを再構築することも求められるだろう。
最後に
どれほど精緻で素晴らしく最先端の人事制度を作ったとしても、たとえ報酬水準を引き上げたとしても、評価制度の運用が揺らぐと、制度そのものへの信頼は大きく損なわれる。残念ながら、人が全く関与せず完璧な定性評価をできる制度は今のところ存在しない。評価制度を運用するのは「人」なのだ。
本日ご紹介した取り組みはほんの一例である。「人」に焦点を当て、自社の戦略や組織風土に適した、柔軟合わせた施策によって評価制度の立て直しに取り組んでいただきたい。本稿がその一助となれば幸いである。
(※1)「人事評価に関する調査」(2015年3月10日 NTTコムリサーチ・日本経済新聞社共同調査)
(※2)このような例は人事評価のみならず採用時の「求める人材像」の定義にも見られがちである。(レポート「多様化時代の採用戦略:前編~理想の人材像という呪縛」2015年9月7日 大和総研ウェブサイト)
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