2014年05月28日
ダイバーシティの推進を経営課題にあげる企業が増えている。
急速な労働力人口の減少が避けられない日本において、多様な働き方の実現は社会的要請としても大いに奨励されるべきであろう。しかし、多様な人材がそれぞれの目的を持ってそれぞれの働き方を追求すると、組織の統制がきかなくなってしまう恐れがある。こうした組織の求心力低下を防ぐため、ダイバーシティの推進にあたっては、基本的な理念や価値観の共通言語化という土台を整備しておくことが非常に重要になる。
まず、ダイバーシティ推進施策の導入にはほぼ例外なく利害対立が生じる。例えば、WLB(ワーク・ライフ・バランス)の代表的施策である「19時以降の残業禁止」というルールを採り入れれば、家族と過ごせる時間が増える社員は喜ぶだろう。一方で、仕事が19時までに終わらない場合、その負担は他の社員に積み上がる可能性が高い。また、企業内保育所の設置はどうだろう。小さな子供を持つ社員は、安心して仕事に打ち込める環境を好ましく思うだろう。しかし、なぜ子供のいる社員ばかりを優遇するのかといった声が上がることは想像に難くない。
実際の現場では、こうした制度の導入検討と継続的改善のためにダイバーシティ推進室などを設けることが多いが、こうした組織が陥りがちな問題は、積み上がる不平不満全てに対応しようとしてしまうことだ。この結果、その企業の「らしさ(行動規範)」が薄れてしまう。こうした事態を防ぐために、ダイバーシティ推進の議論は企業のミッションや基本的な価値観を常に意識して進めることが重要である。
ここでいう価値観とは、おそらくは経営理念や経営ビジョンといったものではない方がいい。これは、ダイバーシティの推進に係る議論は外国人などを含む多様性に富んだメンバーで行われることが多いためである。この場合、経営理念は抽象的に過ぎるきらいがあり、反対に、経営ビジョンは具体的に過ぎるきらいがある。
この点、ダイバーシティ先進国である米国では、企業として大切にする価値観を分かりやすい行動規範としてまとめている企業が多い。例えばグーグルでは、”Ten things we know to be true(10 の事実)“のなかで、『ユーザーに焦点を絞れば、他のものはみな後からついてくる(Focus on the user and all else will follow)』『スーツがなくても真剣に仕事はできる(You can be serious without a suit)』などの行動規範を定めている。このリストの素晴らしい点は、自由で遊び心のあるグーグルらしさが随所に表れていている点だ。こうした各企業のエッジの効いた価値観は、コアバリュー、イズム、ウェイ、クレドなど呼ばれている。
正社員の時短勤務や長期育児休業制度などの制度を整備している企業は今日では珍しくないが、それらを自社に合わせた形で機能させていくにあたっては、価値観の明文化やそれを浸透させる日々の仕組みが重要である。この点、他社の制度をそのままなぞったダイバーシティではなく、自社の歴史と向き合い、未来を見据え、社内の議論で創り上げる個社特有の多様性こそ、真に求められているダイバーシティと言えるだろう。
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