介護社会が迫る人事制度改革 ~在宅勤務への備えを~

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  • 栗田 学

人材の大切さを否定する企業はまずないだろう。特に、日本の組織は人を大切にするとの指摘は多い。だが、せっかく育てた人材が、自らの事情で突然企業を離れていくとしたら、企業、社会双方にとって、もったいない話である。

企業は独自に作り上げてきた競争力の源泉となる強みを持っている。その強みは、創業時から徐々に蓄積され、広がり、受け継がれて今日に至っており、一朝一夕に築かれるものではない。近年、海外従業員の割合が上昇しつつあるものの、日本企業の強みはいまなおその組織で鍛えられてきた日本人の体に染み込んでいる。

長年の積み重ねによって得られる強みであればこそ、突然の喪失は大きな痛手である。人材が休職や退職に追い込まれる事態は避けなければならない。だが、こうした事態は増加すると予想される。主因の1つが両親をはじめとする親族への介護である。特に団塊の世代が介護が必要な年代に差し掛かると、これを請け負うのは団塊ジュニア、すなわち中核となって企業を支える中堅からベテラン社員である。度重なる彼らの離脱は強みを失いかねない。

介護には次のような特徴がある。

  • 介護の開始と終了の時期を予想することは困難
  • 複数人の介護を別々の時期に行う可能性が存在
  • 介護が始まると費用負担が増す一方、収入減少が不可避

いずれも望ましいものではない。これらを踏まえた上で企業はどのような手を打つべきか。現状、93日(法定期間)~1年程度の介護休職の取得可能期間を設けており、これ以上の期間になる場合は退職となるケースが多い。だが、介護期間は平均4年近く(※1)にも及び、必ずしも対応できているとは言い難い。ただ、経営の立場からはいつ終わるとも分からない介護休職期間を無期限に認めることは難しい。また、休職制度はどうしても無報酬が基本となり利用者に経済的負担がかかる上、企業は利用者のノウハウを一時的にせよ失うことになる。休職制度の限界である。

ならば働き続けてもらう選択肢はないか。そもそも企業は働き続けてもらうほうが効率がよく、社員もまた働き続けたいと思っている場合が多い。介護しながら働くとは、すなわち在宅勤務である。したがって在宅勤務が可能な、業務内容と業務遂行ツールを整える必要がある。業務内容は会社と利用者とが折り合う以外にない。業務遂行ツールはパソコンと電話である。問題となるのは企業にとって重要な情報が社外に持ち出される点、すなわち情報セキュリティの問題である。昨今流行のクラウドはこれを解決する技術として注目に値しよう。クラウドによって、端末のデータやデータ処理機能をサーバーに移し、端末はサーバーの処理結果を表示する機能のみにできる。その結果、端末を紛失した場合でも重要な情報が漏洩するリスクは極めて小さくなる。

高齢化社会の到来は企業が整備しておくべき業務環境にも影響を与える。今後企業に求められていくのは、社員の突然の離脱を防ぐために、在宅勤務が可能な業務環境整備と、その影響を適切にコントロールする仕組みを持ち合わせておくことだ。それは規程変更から処遇制度まで広範囲に及び、先進的なごく一部の企業を除いて整備はこれからである。

人材が日本人である必要性は薄れつつあるとの認識が広まってきたように感じられる。事業のグローバル展開という至上命題の下、現地採用を増やす企業は多い。しかし、大局的に見れば日本企業の主役が日本人の持つ強みである事実に変わりはない。天然資源の「もったいない」にはすでに多くの企業が取り組んでいる。たが、経営資源とりわけ人材の「もったいない」に取り組む余地はまだまだ大きい。

(※1)財団法人生命保険文化センター「生活保障に関する調査」(平成19年度)による

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