医療費の本人負担の増額により医療保険制度の崩壊を回避する

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  • 藤原 朋之

医療保険制度の崩壊が懸念されている。1人あたりの医療費は、乳幼児の時期を除き概ね加齢により上昇する。今後の医療費総額は、医療技術の進歩や国の高齢化の進行と合わせて上昇することが見込まれている。医療費総額を減少させる有効な対策はないのだろうか。


医療費総額を下げることは、ある意味では容易ともいえる。診療報酬の単価を引き下げることで、医療費総額は下がることになるからだ。診療報酬の改定はほぼ2年に1度行われており、2010年の改定はプラス改定となった。しかし、これまでの10年間はマイナス改定が続いていた。この長期間にわたるマイナス改定が、病院の経営悪化や地域医療の崩壊に繋がった原因のひとつとみる指摘もある。今後再度マイナス改定となれば、医療崩壊のスピードが加速することも懸念される。医療費総額の削減を診療報酬の引き下げに頼ることはもうできないのである。


そこで、対策のひとつとして、病院にかかったときの一部負担金(一般の場合3割を負担している部分)を引き上げることを提案する。しかし、仮に医療機関での一部負担金を上昇させても、医療費総額が変化するわけではない。なぜならば、これまで健康保険組合等の保険者が負担していた分が、本人負担に振り代わるだけだからである。本人が負担するか保険者等が負担するかの違いであり医療費総額は変化しない。その狙いとしているのは、「個人の健康への意識の変化」による将来負担の軽減である。


このような話を聞いた経験はないだろうか。人間ドックにおいて異常値が測定されているのにもかかわらず、それに対してそれを改善する有効な対策をとらず放置してしまい、その結果として発症してしまうことである。この場合、人間ドックは医療費抑制には繋がっていない。どうして有効な対策をとらないだろう。簡単にいえば病気への関心が低いのであろう。その理由のひとつは「自分は発症しない」という根拠のない自信であろう。そもそも「そのようなことは考えたくない」という心理的な要因もある。また、人の病気の話についてもあまり耳にしないことがある。病気はネガティブな話なので身内でも秘密にすることも多いためということもあろう。また、医療費についてみれば、身のまわりにおいて医療費が払えずに破産したというような例を聞かない。なぜならば、医療保険制度には、保険診療において多額の費用が生じた場合の措置として、「高額療養費」等の安全網があるためである。このように、たとえ医療費が高額になったとしても、実際の負担額は、計算された一部負担金の額よりもはるかに少額の負担で済むことになる。いざという時にはありがたいのであるが、その一方病気への関心を高めない要因のひとつといえるかもしれない。


では一部負担金を引き上げれば、国民の意識がどれだけ変わることが期待できるだろうか。その効果は限定的といえるだろう。なぜなら3割負担が若干増加するだけであれば、そもそも「自分は発症しない」という人にとって負担の大小は関係ないからだ。それならば、もっとインパクトのある対策が必要なのかもしれない。


たとえばこのような例はどうだろうか。病気を2種類に分けてみることである。「なってしまう病気」と「してしまう病気」である。前者は検査等により事前の予測が困難な病気である。反対に生活習慣病等は後者に分類されるであろう。後者の場合、本人の責により数年間健康回復に至らない場合には、その者の保険料率の割り増し等の他ペナルティ的な負担を行えば、健康への意識は多少高くなるであろう。病気には遺伝性の高いものもあり、必ずしも本人の責かどうかの判定は困難かもしれない。しかし、国際的にも高い評価をうけている日本の健康保険制度をできるだけ今のスタイルで維持するためには、病気への回避行動を積極的に起こさせるぐらいの制度改定が必要ではないだろうか。

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