コーポレートガバナンス・コードが変える組織戦略

-持株会社化、新人事制度、従業員向けインセンティブ・・・、組織戦略の巧拙が経営者に強く問われる時代に-

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  • マネジメントコンサルティング部 主席コンサルタント 弘中 秀之

途切れることないコーポレートガバナンス改革
コーポレートガバナンス・コードが2015年6月に適用開始され、2年が経過した。
コード適用開始当初は、社外取締役の人数を何人にするか等、形式的な対応に関する議論を多く耳にしたが、最近では、取締役会の在り方として、監督機能と意思決定機能の関係をどのように整理していけばよいか等、より本質的な議論がなされるようになってきた。


先日(2017年6月9日)「未来投資戦略2017 -Society 5.0の実現に向けた改革-」(※1)が閣議決定され、この中では、“「形式」から「実質」へのコーポレートガバナンス”が掲げられている。昨年までの「日本再興戦略」と同様に、コーポレートガバナンス改革が重点テーマに取り上げられている。
経済産業省からは、2017年3月31日に「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGCガイドライン)」(※2)が公表された。ここでは、「実効的なコーポレートガバナンス改革による企業価値向上」の具体策が示される等、コーポレートガバナンス改革の歩みが途切れることのないよう、政府主導による各種取り組みも継続して進められている。


当初は、コードへの形式的な対応を決め込み、コーポレートガバナンス改革の波が過ぎ去るのを待っていた経営者もいたかも知れないが、このようにコーポレートガバナンス改革の流れが続いていく中、そのような経営者も継続的、本質的な取り組みを意識するようになってきたのではないだろうか。また、自社の成長ステージや歴史、成熟度、経営状態等の置かれている状況を踏まえ、改革の方向性に関し逡巡している経営者もいるであろう。


経営者に求められる役割
コーポレートガバナンス・コードは、その副題にもなっている「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」のため、会社が自律的に「攻めのガバナンス」を実現することを主眼に策定された。
経営者は、「攻めのガバナンス」を実現するために、コーポレートガバナンス改革を推し進める必要があり、さらに、「攻めのガバナンス」の下、「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」のための戦略を策定し、策定した戦略を実現することが求められる。戦略の中身そのものの策定のほか、戦略を実現するための具体的な実行計画の策定や、実行計画を推進する仕組み作りも経営者の重要な役割となる。


第4次産業革命とも呼ばれる変革を乗り越え、持続的な成長目指すための戦略
今、IoT、ビッグデータ、ロボット、AI(人工知能)等により第4次産業革命とも呼ばれる変革が起きつつある。また、少子高齢化、人口減少、経営のグローバル化等経営を取り巻く環境は大きく変化しており、現在の経営の延長線上では持続的な成長は期待しにくい時代となっている。
このような時代に、20年、30年後も持続し、50年、100年企業として社会に貢献し続ける会社であり続けるための戦略策定方法のひとつに、中長期的な視点で世の中の変化を予測し、会社の目指すべき姿を定め、そこにたどり着くために逆算の発想で戦略を考えていく方法がある。会社の目指すべき姿にたどり着くために、段階的に、いつまでにどのような会社になっておく必要があるかをゴールを起点に逆算するのである。描いた戦略を実現する際に重要になることが、組織戦略である。具体的には、段階的な目標に向かい、どのような組織体制が最適か、現時点でどのような能力を持つ人材が何人程度必要となり、必要な人材を採用するための人事制度、給与体系はどうあるべきか等の戦略を策定する等が挙げられる。


経営戦略と組織戦略の関係について、もう少し具体的なケースで考えてみよう。 ある会社が、今後成長が見込まれるAI事業を将来の中核事業と見据え、新規参入する場合を想定する。
この会社では、人材獲得競争が熾烈なAI分野で優秀な人材を確保し、既存事業とは切り離した大胆な発想でAI事業を展開することや、グループ内での経営資源配分をAI事業優先にしていくこと等が課題となるであろう。
このようなケースで考えられる組織戦略を考えてみる。
例えば、組織体制としては、持株会社体制へ移行すること、そして、AI事業の新会社を設立し、新会社では新たな人事・給与体系を導入すること等が考えられる。
持株会社体制に移行し、既存中核事業と新会社を兄弟会社化(並列化)することで期待できる効果としては以下のことが考えられる。
①新会社のグループ内での位置づけを既存事業の子会社ではなく、持株会社配下の中核事業会社として明確化できる
②既存事業の経営者の声に引きずられることなく、持株会社主導で新規事業への優先的な経営資源の配分を可能にする
また、新会社において既存会社とは異なる思い切った人事制度や給与体系を導入し、例えば優秀な人材には社長を上回るような給与を支払えるようにすることや、成果をあげた従業員向けに株式報酬等で他社を圧倒する魅力的なインセンティブプランを用意する。このような制度の導入により、優れた人材の採用や繋ぎ止めといった効果を期待できる。


持続的な成長、中長期的な企業価値向上のための組織戦略
コーポレートガバナンス・コードが適用開始され、経営戦略や中期経営計画を真剣に議論する会社は増加してきたことであろう。
しかし、経営戦略や中期経営計画の策定に併せ、組織戦略の検討まで行っている会社は少ないのではないか。
これは、多くの会社が現組織体制、現従業員体制やその能力等を前提に、経営戦略や中期経営計画を立案しているため、組織戦略を検討する必要がないという理由があるのかもしれない。しかし、このような現状前提で描ける戦略は短期的な戦略となりがちであり、持続的な成長、中長期的な企業価値向上の視点からは疑問符が付く。
今後政府の後押しもあり、取締役会の在り方等を含め、攻めのガバナンスを実現するためのガバナンス改革は進んでいき、求められる経営戦略は持続的な成長や中長期的な企業価値向上をより重視したものになっていくことであろう。これからは、その経営戦略を本当に実現できるかが問われることになる。戦略実行に最適な組織体制や仕組みを構築し、従業員にとって働きやすい会社、優秀な人材に選ばれる魅力的な会社になることがそのための条件である。
経営戦略実現のために有効な組織戦略を立案できるか、その巧拙が経営者に強く問われる時代となり、「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」を実現するための鍵となる。


(※1):首相官邸ホームページ
「未来投資戦略2017-Society 5.0の実現に向けた改革-」
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seicho_senryaku2013.html
(※2):経済産業省ホームページ
コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)
http://www.meti.go.jp/press/2016/03/20170331012/20170331012.html

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