特定譲渡制限付株式等のエクイティ型報酬制度の導入にあたって

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  • 小針 真一

はじめに
2015年6月のコーポレートガバナンス・コードの適用開始と2016年4月の特定譲渡制限付株式(日本版リストリクテッド・ストック/パフォーマンス・シェア)の解禁を契機に役員報酬の改定に着手する企業が増えていることから、多くの企業を訪問する機会がある。
主な論点は、企業価値向上の観点から業務を執行する役員にインセンティブを付与すること、その際には中長期目線の企業経営を促すことを目的に中長期の業績を反映させること、そして報酬の支払手段として金銭報酬以外のエクイティ型の報酬(株式報酬)を導入すること等である。
企業における役員報酬改定の意識が高まっている背景には、昨今の株主総会におけるモノ言う株主の台頭も関係しており、特に今年度の株主総会では「役員の自社株保有割合が低い点を株主から指摘された」といった声が多くの企業から聞かれた。昨今のコーポレートガバナンスに関する意識の高まりを背景に、役員の自社株式の保有割合が低い点について株主の不満が高まっているようである。
そもそもこれまで日本の役員報酬は金銭による支給が前提に設計されており、更に固定的・安定的に支給される基本報酬の割合がグローバル的にも相当高いことが指摘されてきた。しかし、コーポレートガバナンス・コードの適用開始に伴い、役員報酬の設計思想に「株主との利害共有」の発想を取り入れることが求められている。実務的にもコーポレートガバナンス報告書等において、役員報酬に関する設計思想や報酬額の決定方針、算定方法等について説明責任が求められていることから、企業における役員報酬の抜本的見直しは喫緊の課題となっている。


金銭報酬とエクイティ型報酬
これまで日本の役員報酬は金銭による支給を前提に設計されてきたとはいえ、一部では株式報酬型ストック・オプションや株式給付型の信託制度など既にエクイティ型の報酬制度を導入している企業もあり、これらの制度を導入する企業は今後も増えていくと思われるが、最近は特定譲渡制限付株式に関する相談が増えている。その理由はいくつか考えられるが、特定譲渡制限付株式は、現物株を報酬として直接付与する仕組みであるためシンプルで分かりやすい点や、譲渡制限期間を3年から5年と比較的長期に設定することでLTI(Long Term Incentive)の効果が期待でき、当該期間にわたって役員と株主が利害の共有を図ることができる点が評価されていると思われる。その他にも副次的なメリットとして、企業側には役員の自社株保有比率を即時に引き上げられる点や、制度の設計次第で損金算入が認められる点が挙げられ、役員側では現物株が前払いされた時点で配当を受け取る権利や議決権を行使する権利等、株主の権利が得られる点も挙げられよう。
役員報酬は会社法上、株主総会付議事項であるため、多くの企業では「報酬等のうち額が確定しているもの」としての基本報酬の枠取りを行い、業績連動報酬の仕組みを導入している企業では「報酬等のうち額が確定していないもの」として額の算定方法等を株主総会で承認を得ているが、これらはいずれも報酬を金銭で支給することを前提としている。しかし、コーポレートガバナンスの適用以降、役員報酬に関して「金銭報酬と自社株報酬の割合を適切に設定すべき」ことが求められたことで、エクイティ型の報酬を導入する機運が高まり、昨今の株主総会では新たに「報酬等のうち金銭でないもの」として報酬枠の設定を付議する議案が目立っている。実際にコンサルティングの現場でも非金銭報酬枠の設定について議論することになるが、その際に論点となるのは、現行の役員報酬の総原資を増やすことなく内枠で再設定し直すか、それとも現行の総原資の外枠で新たに上乗せする形で設定するかという点である。一般的には、株主への説明責任の観点や、同業種あるいは同規模のベンチマーク企業との報酬水準との比較、固定報酬と変動報酬の割合、一般社員との報酬制度や水準との整合性など様々な角度から検証を行い、結論を出すことになるが、多くの企業では最終的に現行の金銭報酬の枠とは別枠で、上乗せする形で非金銭報酬枠を設定するケースが多いようである。
その理由として①日本の役員報酬の水準は一般的に過大であることは稀であり、グローバル競争力を高めるためには報酬水準の底上げが必要であることに一定の理解が得られていること、②企業価値を向上させるためのインセンティブとしてエクイティ型の報酬が有効であるとの認識が浸透しつつあること、③役員の自社株式の保有割合が高まることは、株主と役員の利害共有に寄与するため好意的に受け止められること等が挙げられるが、いずれにしても企業側が株主総会等において丁寧な説明責任を果たすことが肝要である。


特定譲渡制限付株式の特徴と優位性
これまで報酬として株式を直接交付することは会社法や税制の制約から困難とされてきたため、フルバリュー型のエクイティ報酬としては株式報酬型ストック・オプションや株式給付型の信託制度などが活用されてきた。しかし、これらの制度は役員の手元に現物の株式が交付されるまでには「新株予約権の付与」や「ポイントの付与」といった手続きが介在し、その後、権利行使条件や受給資格の要件をクリアして初めて株式が交付される制度である。一方、特定譲渡制限付株式は「報酬債権の付与」と「現物出資」というロジックを用いることで報酬として現物の株式を前払い的に付与するスキームであり、その仕組みの分かり易さと運用の簡便性から大きなインパクトをもって受け止められた。
特定譲渡制限付株式は、譲渡制限が付された株式を前払い的に付与するスキームであることから、企業側には役員の自社株保有割合を即時に高められる点、役員には配当・議決権といった株主としての権利が即時に発生する点が特徴的であり、他の制度にはない優位性をもっている。
制度の類型としてはいくつかのパターンが存在するが、大きく分類すると、前払い的に譲渡制限が付された株式を交付したうえで、一定期間の勤務の継続を条件に譲渡制限を解除するリストリクテッド・ストックと、同じく前払い的に譲渡制限が付された株式を交付したうえで、一定期間における業績の達成を条件に譲渡制限を解除するパフォーマンス・シェアに分類される。更にパフォーマンス・シェアについては、一定期間にわたって業績に連動した金銭報酬債権を付与したうえで、業績連動期間の経過後に当該金銭報酬債権を現物出資させて株式を後払い的に付与する制度も存在している。こちらの後払い的な制度は、平成29年税制改正大綱で損金算入が認められる予定となったため、導入にあたって関心を寄せている企業もあると思うが、株式の付与が後払い的であることから、従来のストック・オプションや株式給付型の信託制度のスキームと決定的な違いは見いだせず、先に述べた前払い的な特定譲渡制限付株式のような優位性もない。


税法上の論点
企業がエクイティ型の報酬制度の導入を検討する際に、必ず重要な論点となるのが、会社の損金算入の扱いと役員の所得税の課税の扱いである。
まず損金算入の扱いであるが、役員報酬が損金として認められるケースとして①定時同額の基本報酬、②事前確定届出給与、③利益連動給与、の3つに限定されており、特に③については利益指標の設定等において柔軟な運用が困難であることから活用している企業は限れてきた。
特定譲渡制限付株式の場合、当初はリストリクテッド・ストックもパフォーマンス・シェアも共に②の事前確定届出給与として扱われ、譲渡制限解除時に損金算入が認められると整理されていたが、平成29年税制改正大綱では、前払い的なパフォーマンス・シェアが事前確定届出給与の扱いから除外され、その一方で特定譲渡制限付株式ではない後払い的なパフォーマンス・シェアが新たに③の利益連動給与として損金算入が可能となるなど、損金算入の扱いは流動的であることから、今後エクイティ型の報酬制度を導入しようと検討を進める際には十分留意頂きたい。
次に役員の所得税の課税の扱いであるが、論点はキャッシュインなきキャッシュアウトの問題である。エクイティ型の報酬制度では、一般的に株式の売却益が手に入る前に所得税の支払いが発生することになる。例えば、株式報酬型ストック・オプションでは、権利行使により株式を取得した際に課税され、特定譲渡制限付株式では、株式の譲渡制限が解除された時点で課税されることとなる。つまり所得税を支払うために現金の用意が必要となるが、役員の場合にはインサイダー取引規制の問題もあり、在任中の自社株の売却は容易ではなく、売却益を手にする時期が退任後の一定期間経過後になることも多い。そのため「知る前契約・計画」の仕組みを活用して納税が必要となるタイミングで一部株式を売却することで納税資金を確保する等の工夫も考えられるが、これはあくまでもテクニカルな話である。そもそもエクイティ型の報酬を付与する狙いは、コーポレートガバナンスの観点から役員の在任中に自社株を保有させることであるが、納税の観点から一部の株式を事前に売却する前提で株式を付与する仕組みについてはロジック上の矛盾も感じる。


まとめ
エクイティ型の役員報酬の導入を検討している様々な企業を訪問すると、その企業のガバナンスに対する考え方や役員報酬に関する設計思想の違いに触れることとなる。
エクイティ型の報酬制度の導入を検討する際には、まずは役員報酬全体の設計思想から議論を始め、何のために役員報酬を改定するのか、エクイティ型の報酬を導入することでいかに会社業績の向上や企業価値の向上に結び付けていくのか、といった本質的な議論を深めて頂きたい。

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