途上国ビジネスによる持続可能な途上国支援

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安倍政権は、発足以来、日本企業、特に中小企業の海外展開を後押しし、新興国・途上国の成長を日本の経済成長に取り込む方針を「成長戦略」の一環として掲げている。この方針に基づいた具体的な施策の一つとして、国際協力機構(JICA)は、政府開発援助(ODA)を活用した中小企業の海外展開支援事業を実施している。営利追求を目的とした途上国向けビジネスと国際貢献や人道支援目的で途上国を支援するODA。両者は一見相いれないようだが、途上国ビジネスと途上国支援は決して矛盾するものではない。


現在、弊社ではJICAの中小企業海外展開支援事業を活用し、新生児医療関連の検査機器をベトナムの地方病院に紹介、試験導入し、新生児医療水準の向上に貢献するとともに同国における販売拡大を目指す日本企業の活動を支援している。そのため、ハノイの国立病院をはじめ、ハノイの南西に位置するホアビン省の省総合病院や県総合病院、さらに小規模な病院を含め、多様な公立病院を訪問する機会がある。これらの病院では、日本などの外国政府、国際機関から提供されたことを示すステッカーが貼られた医療機器を数多く目にする。比較的規模の大きな公立病院においては、日本でも相当大きな病院でなければ見かけないハイスペックの医療機器も設置されているが、これらは全てそうしたステッカー付きといってよいほどだ。ホアビン省は、日本による対ベトナム保健医療分野ODAの重点地域の一つであり、他の外国政府、国際機関、NGOからの支援も多い。医療機器の導入、医療従事者の人材育成、住民の意識・知識向上等、多様な支援プログラムが実施され、国際的な支援によってベトナムの医療水準が向上したモデルのような存在となっている。一方、部屋の片隅に使われなくなった機器を見かけることが多いのも実情だ。病院の職員にたずねると、「壊れたのでもう使っていない」との返事である。公立病院には様々な事情があり、単純に決めつけることはできないが、こうしたことの背景には自己資金で買うことを想定していないという理由、いわゆる「援助慣れ」があるのではないか。要するに、自力で高価な機器の購入は難しいが、諸外国等に依頼すれば提供される。しかし、一旦不具合が生じると、修理費の負担が重く、しょせんは「提供されたもの」であるから、それ以上手間をかけることなく放置してしまう。


ベトナムは堅調な経済成長を続けているが、政府が保健医療分野に振り向ける財源手当ては、人口増加と国民の健康意識向上に追いつかず、高度な医療サービスを可能とする医療機器の整備は国際的な支援に頼らざるを得ない。しかし、いつまでも外部の誰かが医療機器や技術を提供し続けてくれるわけではなく、援助、寄付は一時的なものにすぎない。本来は諸外国等の支援を得ている間に、将来は自国の資金で医療機器を購入、医療人材を育成できるよう、準備を進めなければならない。途上国に自社製品を展開したい企業側は、日本の目線で高品質、高性能であれば受け入れられるとの思い込みを持たず、「現地の顧客が購買活動を起こす」段階を目指して製品を改良、提供する努力が必要だろう。途上国側は、自国に必要な医療機器は何か、購入可能なのか、使いこなせる人材はいるのか、購入後も維持できるのかを考える。医療機器メーカー側は、現地のニーズ、周辺事情に適した機能や仕様、機能と釣り合いが取れ、現地医療機関が購入可能な価格設定、現地医療機関が機器を維持するための工夫やアイディアを提供する。このように双方が「ビジネス」の視点で考えることが、途上国に適した医療機器の開発と普及、医療機器の有効活用、さらに医療水準向上につながる。


前出の日本企業は、ベトナムで欧米系慈善団体の資金を得て医療機器を製造する企業を訪問した後、「資金の後ろ盾により安い価格で製品を提供する企業との競争は困難ではないか」との問いかけに対し、「寄付、援助を後ろ盾にした相手は競合として全く脅威ではない。寄付、援助はいつか終わるもの。本当の競争力はビジネスベースで市場を開拓した者だ。」と語っている。医療専門家の派遣等によって途上国の医療分野の支援に長年取り組んできた国立国際医療研究センター(NCGM)も、「ビジネスとして展開することで持続可能な支援につながり、現地の医療水準を向上させる」と指摘している(※1)


途上国での市場拡大、顧客獲得、利潤追求を目指した活動と途上国の開発課題解決への貢献は決して矛盾するものではなく、ビジネスベースの企業活動それ自体が持続性ある支援になりうるのである。


(※1)『明日の国際保健医療協力magazine NEWSLETTER(vol.5 2016)』(2016年11月11日検索)、p.13。

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