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医療保険加入率だけでは測れない医療の不均衡~ベトナム

2016年06月27日

経営コンサルティング第一部 シニアコンサルタント 南 玲子

ベトナム政府は、「国民皆保険」の実現に向け、2020年までに公的医療保険の加入率を80%以上とすることを目標に掲げ、低所得者に対する保険料補助、世帯単位加入の導入、事業主に対する加入徹底等によって加入率の引き上げに取り組んでいる。報道によれば、2015年5月末の加入者数は前年比4.4%増の6,460万人、加入率は71.4%となった(※1)


保険加入率には地域差が見られ、例えば、北部のホアビン省は医療保険の加入率が80%以上に上るが、南部のいくつかの省では55%程度に留まる(※2)。保険料の助成対象者が多い地方では加入率が高く、保険料を助成する対象者が少ない都市部では加入率が低い傾向があり、ホアビン省における医療保険の加入率が高いことには、同省の人口の70%以上を少数民族が占めること、目立った産業がないため貧困率が比較的高いことが影響していると考えられる(※3)。農村部に比べて相対的に雇用労働者や自営業者が多く、経済面で恵まれた層が多いと考えられる都市部において加入率が低いことには、事業主の加入過怠のほか、民間の医療保険に加入し、公的医療保険には加入しない人の存在も影響している。補助が幅広く行われた結果、医療保険料の全額または一部補助を受けている加入者が全体の7割以上を占めることとなったが(※4)、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(※5)の実現に向け「国民皆保険」を達成する観点では、保険料の負担が困難な層に対する支援の継続が不可欠である。併せて、保険料負担力が比較的高い都市部住民の加入を促進することが必要だろう。


ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの観点では、公的医療保険の加入率のみならず、保険が有効に活用されているかという点が重要である。医療保険対象機関を受診した人のうち医療保険を利用した人の比率を見ると、都市部の77.7%に対し農村部では69.6%(2010年)と、都市部の方が医療保険の利用率が高い(※6)。ベトナムにおける病院は大部分が公立病院であり、民間病院は総数の5%程度にすぎない。公的医療保険が適用される医療機関は大部分が公立病院であり、最初の診療は一次医療施設である地域の病院で受けることとされている。しかし、一次医療施設は規模が小さく、機材、人材ともに不十分であるため医療サービスの水準が低いものと認識されており、患者はより良い医療サービスが受けられることを期待して大規模な二次または三次の公立病院を選好する。その結果、これらの大規模公立病院は慢性的に混雑することとなる。この傾向は都市部でも農村部でも同様だが、交通の便がよく、大規模公立病院へのアクセスが容易な都市部ほど、医療機関の利用率、保険の利用率が高くなるものと考えられる。なお、都市部においても、所得水準が高い層は、公的病院の混雑と低レベルの医療サービスに満足せず、民間医療保険に加入し、民間病院を受診する場合が多く、従って、医療保険の利用率は再度低下すると推測される。


農村部の状況はさらに複雑である。一例として、ホアビン省においては、保険加入率が全国平均よりも高い一方、医療機関の受診率は低い(※7)。同省は面積の75%が山岳地帯であり、公的医療機関へのアクセスが困難な地域が多いため、多少の体調不良で医療機関を受診することは少ない。また、少数民族においては、医療機関をほとんど受診しない慣習の存在に加え、病気にかかった場合は薬効があると考えられている植物を煎じて服用する、患部に貼付する等の伝統医学で対応することが多い。ベトナムの保健医療において、伝統医学は西洋医学と併存した位置付けだが(※8)、各集落で伝承されてきた独自の療法や薬品には効果や効能が未確認なものもあるため、必要に応じて公的医療機関を受診すべきであることは、ベトナムの医療関係者も認めるところである。


総じて言えば、金銭的に余裕がある人は保険を利用し、軽症でも大規模病院を受診してレベルの高い医療サービスを利用する一方、貧困層は地方の公的医療機関または最寄りのヘルスセンター(診療所)でレベルの低い医療サービスを利用するか、そもそも保険も医療機関も利用しない。本来社会保障で支えられるべき層は公的医療保険を利用せず、公的医療保険の資金の相当部分は金銭的に余裕のある人が消費しており、社会保障を支えるべき層は公的医療保険に加入すらしていないという不均衡が生じている。


ベトナムにおいてバランスの取れた医療サービスの供給体制を整備していくためには、現在、ベトナム政府が取り組んでいる公的医療保険加入率の引き上げ、医療保険制度の総合的な改革とともに、公立医療機関や農村部の診療所の医療サービス水準向上が不可欠である。また、医療機関の選択肢を増やす観点で、民間病院における公的医療保険の適用を拡大していくことも必要だろう。「病院を受診しない」問題については、少数民族の文化や慣習を尊重しつつ、生命と健康を保護する観点で、啓発活動や情報提供を継続的に行う取り組みが求められる。


(※1)VIETJO(2016年6月14日閲覧)、2015年7月6日付。
(※2)VIETJO前掲記事。
(※3)同省保健局に対するヒアリングによる。
(※4)「ベトナム国社会保障分野情報収集・確認調査ファイナル・レポート」、独立行政法人国際協力機構、株式会社コーエイ総合研究所、株式会社エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所、平成26年5月、4-12。
(※5)WHO(世界保健機関)は、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」を「全ての人が基礎的な保健医療サービスを必要なときに負担可能な費用で享受できる状態」と定義している。
(※6)独立行政法人国際協力機構前掲報告書、4-17。
(※7)同省保健局に対するヒアリングによる。
(※8)例えば、ベトナム保健省には「伝統医学管理局」が設置されている。

医療保険加入率だけでは測れない医療の不均衡~ベトナム

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