成長する世界の医療市場と中小企業の事業機会

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世界の医療市場は2001年から2010年まで年平均8.7%で成長し、2010年の市場規模は約520兆円、この内訳は医療機器が約20兆円、医薬品約70兆円、医療サービス約430兆円となっている(※1)。今後も、平均寿命の延伸と出生率の低下による高齢人口の増加や新興国・途上国の経済発展に伴い、医療サービスに対する需要の拡大が予想される。日本は、1960年代初頭に国民皆保険を実現し、所得の大小に関わらず均質で質の高い医療サービスへのアクセスが可能となった結果、各種保健医療指標は世界最高水準に到達した。これに伴って医療市場も大きく成長し、米国(約8兆円)、欧州(約6兆円)との差は大きいものの、世界第3位(約2兆円)となっている(2010年)。一方、産業としての医療をみると、医療機器については大幅な輸入超過であり、欧米の巨大メーカーに市場シェアで大きく後れを取っている。日本国内で日本人を対象に「内向き」な発展を遂げてきた医療関連サービスが国際展開する例はまれであった。


安倍政権は、医療産業の国際展開を成長戦略の一環として位置付け、2013年7月、官邸が関係府省庁をとりまとめる形で「医療国際展開タスクフォース」を設置し、アウトバウンド(日本の医療サービスの輸出)、インバウンド(国内医療機関への外国人患者の受け入れ)両面で国際化を支援している。アウトバウンドについては、機器単体の輸出ではなく、技術指導や病院の運営方法も含めた日本式の病院を「まるごと輸出」する取り組みが推奨されている。同タスクフォースの枠組みで実施されている経済産業省の事業をみると、日本のメーカーが強みとする内視鏡、CT、超音波診断装置等の高度医療機器を軸にした生活習慣病やがん等の検診、診断及び治療、内視鏡や放射線治療等の高度医療、高水準の医療サービスを提供する周産期医療等のプロジェクトが実施されている。高所得者層や富裕層をターゲットとした高付加価値のサービスが中心であり、大手医療機器メーカーや有力医療機関が主な支援対象となっている。


しかし、世界の医療市場における事業機会は、高度な医療機器や先進的で高付加価値なサービスに限らない。新興国や途上国において高所得者層が拡大する一方、その数倍の規模で中間層と低所得者層が拡大している。医療に充てることができる費用の差は大きく、医療に対するニーズは多様で幅広いため、潜在的な市場は大きい。新興国・途上国における中間層や低所得者層向けの医療現場では、診断や治療に必要な機器を備えていないために助かる命が失われることも多く、そこで必要とされているのは必ずしも最新鋭の医療機器ではない。むしろ、品質は高いが、必要な機能のみを備え、現場の医療従事者が容易に使用可能で故障しにくく、購入可能な価格の機器こそが求められている。こうした要望をきめ細かく取り込んだ機器の開発は、日本の中小製造業が得意とするところではないか。「日本式」を売り込むのではなく、医療現場のニーズに合った機器を日本の技術で作り、それを「買える」値段で売るアプローチによって、新興国・途上国の医療市場に参入を果たす可能性がある。多くの国において、医療機器に対する当局の審査は厳しく、機器の性質によっては臨床試験や治験の実施が求められ、中小企業には負担が大きい。しかし、医療機器の裾野は広く、例えば臨床試験や治験が不要または簡易な侵襲性(生体を傷つけること)を持たない機器に絞ったとしても、開拓の余地は十分あるのではないか。


ただし、想像だけで製品開発を進め、「作った後に売り先を考える」ことは避けなければならない。どのような機器が不足し、必要とされているかを知るためには、まずはその国の保健医療の状況、特に医療現場の現状をふまえ、ターゲットを絞ることが必要だ。開発と製品化に当たっては、「買える」値段で作る仕組みの構築が不可欠である。当然ながら電圧、マニュアルの現地語版等の海外仕様を備えることも必須である。海外市場への参入に際しては、顧客ターゲットに応じた販売ルートの開拓、競合の参入や模倣品の登場を想定した知的財産権の保護、現地パートナーとの協業の可能性等が検討課題となる。また、日本企業の製品は海外でメンテナンスやアフターケアの対応が困難であることが弱点と指摘され、現地拠点を持つことが容易ではない中小企業としては、輸入・販売代理店、協業企業等の現地パートナーへのメンテナンス業務委託等の工夫が求められる。何よりも、機器が導入される前提条件は、その機器を活用できる医療人材が存在することである。この点では、日本のODAプロジェクトや保健医療分野で活動するNGO等と協力することもあり得る。


医療分野参入へのハードルは高く、様々な課題を解決していくことは容易ではないが、技術力を持つ中小製造業にとって、世界中に広がり、確実な成長が見込まれる市場としての魅力は大きい。


(※1)(出所)「医療の国際化~世界の需要に応える医療産業へ~」(経済産業省、平成25年5月)

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