ミャンマー経済発展に重要度を増すビジネス人材の育成

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2011年に民政政府が誕生し、数十年続いた閉ざされた国から開国解放路線へと転じたミャンマー(ビルマの方が馴染み深い読者もあろう)を国際社会は大きく歓迎した。欧米諸国による経済制裁も条件付きではあるものの解除され、国際機関や援助国は同国が抱える延滞債務を解消。日本もODA再開を公表し、早々に発電所、港湾や工業団地などのインフラ開発を中心とした事業に融資する方針を打ち出すなど、新生ミャンマーに対する手厚い支援が各国・機関から差し伸べられようとしている。

民間企業もまた、中国やベトナムに次ぐ事業展開・投資先として、人口6,000万人余りを有するとされる「アジア最後のフロンティア」への視察訪問に余念がない。改定されたばかりの外国投資法や適応条件などを定めた細則をはじめ、時代錯誤で分かり辛い各種法制度改定の行方や、不安定な電力事情や未整備の道路・港湾などインフラ面の改善の見通しなどは、進出検討企業にとって注目点となろう。ミャンマーの豊富な労働力を期待している企業にとっては、現地の労働者の質や雇用環境なども気になるところであろう。近年ベトナムやカンボジアなど比較的安価な労働力が強みとされた周辺の発展途上国では、管理職や熟練労働者の不足から、人材獲得競争が厳しく、労働者確保で苦労する企業も少なくないからだ。

ではミャンマーの労働事情はどうであろうか。まずミャンマーの労働人口だが、国際労働機関(ILO)によると、全人口の5割弱の2,800万人(2010年)と推計(※1)され、2020年までには2010年比12%の増加が見込まれる(図表1)。人口減と高齢化に直面する日本にしてみればうらやましい限りであるが、増加率でみた場合決して高いとは言えず、同じASEANメンバーのフィリピン(26.5%)やラオス(24%)などに比べ、ミャンマーは「人口ボーナス(※2)」がさほど期待できそうにない。統計制度が不十分な国であるため実態がつかみにくい事情もあるが(※3)、労働力の約7割は基幹産業である農林業関連セクターに従事しており、同セクターが雇用の受け皿になっている。グローバル化や工業化の進展に応じて他業種の就業人口も増加するであろうが、縫製業や電子機器部品製造など単純作業がベースとなる委託加工生産(CMP形式(※4))など労働集約型の産業における労働需要が当面高い。

図表1 ASEAN+3(日中韓)の労働人口比較 (単位:千人) 
図表1 ASEAN+3(日中韓)の労働人口比較 (単位:千人) 

(出所) ILO労働人口統計(LABORSTA)より作成


では労働力の質はどうか。ミャンマーは1960年代初頭に社会主義政権が誕生するまでASEAN諸国の中でも比較的豊かな国として知られ、アジア初の国連事務総長を輩出するなど国際社会でも一目置かれていた。当時は英国植民地時代の名残で英語教育が定着し、教育システムもASEAN諸国の中で先進的だったようだ。実際、当時の最高学府は世界の高等教育機関ランキングで上位に入るほど高評価で、周辺国の著名大学としのぎを削っていたと聞く。しかし、政治的な理由で1980年代以降、教育システムは大幅に劣化し、民間教育研修機関の創設や研修プログラムの実施も公的なものを除いては認められなかったため、新生ミャンマーを担う若い世代に大きく影を落とすこととなった。


このように、ミャンマーは豊富な労働力が期待される反面、世界の商慣行に精通し付加価値製品の生産に対応できる労働者が不足するなど、質の点で不安視される。ただ2015年のASEAN経済共同体開始に向けたカウントダウンが進む中、手をこまねいてばかりではいられない。


ミャンマーでは第2次世界大戦後建国に貢献した父と共に著名な国民民主連盟(NLD)党首のアウンサン・スー・チー氏も、ノーベル賞授賞スピーチや外遊先で常に同国人材育成の重要性を説いており、先月27年振りに来日した際も安倍首相とのトップ会談で日本政府に対して支援要請を改めて行った。タイやインドなども同国産業人材育成を目的とした支援を実施する中、日本は同国最大都市であり産業が集積するかつての首都ヤンゴンに開設予定の「ミャンマー日本人材育成センター」を通じ、同国におけるビジネス人材養成に向けた支援を行う(※5)。同センターから輩出される人材や構築されるネットワークは日系企業にとり現地事業を進める上でメリットが大きいだろう。


さらに、従前の政権による統制を嫌い生活の場を国外へ求めた人材、あるいは海外で進学や就業し世界で活躍しているミャンマー人が多く存在することも忘れてはならない。世界銀行(※6)によると、ミャンマー国籍海外移民数は51万人を超え、うち約6割がタイやインドなど近隣諸国に居住する(図表2)。足元では帰国者による起業や産業振興が進展しており、ミャンマー国内に雇用機会が整えばさらに還流者が増えるという話も聞く。海外で経験や実績を積んだ熟練人材の還流は、ミャンマーにおける労働者の質向上や労働事情改善へ波及する効果が期待される。

図表2 海外居住ミャンマー人 (2010年)

図表2 海外居住ミャンマー人 (2010年)

(出所) 世界銀行より作成


グローバルなビジネス環境で培われた人材を活用し、海外からの支援を如何に効率的に取り込み、将来を担う産業人材を効果的に育成できるか、今後のミャンマー経済発展を中長期的に占う意味でも注目したい。


(※1)ILO労働人口統計(LABORSTA)より抽出:Economically Active Population Estimates and Projections (6th Edition), October 2011.
(※2)「人口ボーナス」を有する国とは、年少・高齢人口と比べ労働人口が多い国をいう。
(※3)ただし国連人口基金(UNFPA)などの支援により、国勢調査(センサス)が2014年に予定されており、人口統計については約30年振りに明らかになる見通し。
(※4)発展途上国において労働集約型の産業で見られる委託加工方式の一つ。委託元より支給される原材料で、Cut(切断)⇒Make(加工)⇒Pack(箱詰め)の後に委託元へ納入される生産プロセスの形態をとる。
(※5)JICAプレスリリース(http://www.jica.go.jp/press/2012/20130208_02.html)
(※6)“Migration and Remittances Factbook 2011”,Second Edition, World Bank.参考までにILOは同国籍海外在住者を160万人と報告しており、こちらの方が実態を反映しているという識者もある。(“Labor and Social Trend in ASEAN 2010: Sustaining Recovery and Development through Decent Work”, ILO Regional Office for Asia and Pacific, Bangkok, 2010.)。

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