中国が急速に高齢化に向かっている。その原因の一つはいわゆる「一人っ子政策」による少子化にあるとされることから、この11月に誕生した新指導部は同政策の転換に向けた政策を検討中と報じられている。産みたいと考える子供の数が減少を続けている日本とは異なり、政策により子供の数が抑制されてきた中国では、その政策を転換すれば出生率が反転し、適切な年齢別人口構成を回復することが可能との意見がある一方、人口構成の調整には長い年月を要し、すでに生じた歪みの深刻化は避けられないとの意見もある。中国の高齢化に伴う問題の一つは、「未富先老」、すなわち所得水準が十分高くなる前に高齢化に向かい始め、社会が体力を蓄えないうちに高齢者を支える圧力が増大していくことである。生産年齢人口が減少に転じる時点を高齢化への「折り返し点」とみなし、その時点での一人当たりGDPを見ると、日本の折り返し点は1990年前後(国連人口推計(中位推計)、2010年)に、一人当たりGDPは19,200ドル(IMF、購買力平価ベース)であった。一方、中国は2015年前後に折り返し点に到達するが、その時点の一人当たりGDPは約12,000ドルと予測されている。日本の6割程度である。


人口規模の大きさ等から中国に注目が集まりがちであるが、同様に成長性が期待されるASEANはどうか。タイは、ASEAN諸国の中で最も早く、2015年前後に生産年齢人口が減少に転じ、その時点の一人当たりGDPは約12,000ドル、おおむね中国と同様の位置にあると言える。以下、折り返し点のみ見ると、マレーシアは2020年前後、インドネシアは2025年前後、フィリピンとベトナムはそれぞれ2045年と2020年、最近脚光を浴びているミャンマーは2020年前後である。タイを除けばいずれも時間的余裕はややありそうだが、その間に所得水準をどれだけ引き上げることができるかは未知数だ。国によって諸条件が異なるため単純に判断することはできないものの、国全体が若く、稼げる時期は、その国に劇的な変化が起こらない限り、必ず終わりを迎える。稼げる間にどれだけ国に富を蓄積するか、人口構造の変化に対応し、経済成長を続ける方策をとれるかはASEAN各国政府にとっても将来に向けた大きな課題だ。


経済政策とともに、高齢化に備えた社会保障制度、特に年金と医療保険を中心とする社会保険制度を成長力のある間に整備することも不可欠だ。日本は高齢化転換点以前の1961年に国民皆保険を確立している。一方、上記のASEAN諸国をみると、公務員及び民間雇用労働者向け制度はおおむね整備されているが、自営業者、無職の者等を含めた制度を確立した国は少ない。タイは財政負担による老齢手当及び医療保障により全国民をカバーする体制としているが、老齢手当の支給水準が低い等の課題がある。マレーシアには医療保険制度が存在せず、公立病院の医療費は財政が負担している。インドネシアは、年金、医療等を一括して全国民を対象とする制度の根拠法が成立済みであり、実施に向けた作業が待たれる。フィリピンは、年金は雇用労働者のみが対象であるが、医療保険については制度上全国民が加入することとなっており、実際のカバー率も高い模様。ベトナムは計画経済時代から社会保険制度が整備され、経済体制の変化に伴って見直しも行われているが、加入率が低いことが問題となっている。ミャンマーでは公務員と国営企業従業員を除き年金制度が存在しない。このように、多くのASEAN諸国において高齢化に備えた制度整備は発展途上の段階だといえる。社会保険制度は国の状況に応じて設計されるものであり、必ずしも国民皆保険が理想ではないが、高齢化に備える観点では、いずれの国も先行して整備する雇用労働者向け制度に加え、より広く国民を制度的にカバーすることが重要であり、そのためには財政の負担が不可欠である。高齢化に加え、格差の是正、社会の安定といった問題解決のため社会保障の向上に注力している中国政府は、非雇用労働者や農村部住民等を対象とする社会保険制度確立のために相当規模の予算を投入している。潤沢な国家財政を誇る中国と同様の対応がASEAN諸国にも可能とは限らないが、少なくとも、成長に勢いがある時期に将来を見越した制度設計を進めることが不可欠であろう。


日本にも影響がある。ASEAN諸国をパートナーとしてビジネスを展開する日本企業が最初に受ける影響は、社会保険料の引き上げによるコストアップであろう。中国は従来から社会保険料の企業負担比率が高いことが知られているが、ASEAN諸国の低廉な人件費の一要素は社会保険料の負担が低いことである。一方、中長期的には、新たな市場の出現ととらえ、高齢者福祉関連ビジネスで進出、またはビジネスモデルを輸出することも考えられるだろう。政府レベルでは、超高齢化社会の先輩として、ASEAN諸国が社会構造の変化に対応可能な社会保障制度を着実に整備していくよう、協力していくことが望ましい。途上国に対する支援という意味に留まらず、日本の重要なパートナーである国々の安定的な成長を支援することで、日本にとっても意義がある協力となるだろう。

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