退職給付会計における「給付の期間帰属方法」に関する実務対応について

~「給付の期間帰属」に伴う意思決定に向けて~

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  • データアナリティクス部 主席コンサルタント 市川 貴規

1. はじめに

2012年12月25日に社団法人日本年金数理人会及び日本アクチュアリー会から「退職給付会計に関する数理実務基準」「退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」(以下、「数理実務ガイダンス」という)が公表され、それが一つの契機となって新退職給付会計基準適用に向けた試算の依頼が最近増えてきたと実感している。今回はこれらを踏まえて、新退職給付会計基準における改正点のうちの一つである「退職給付見込額の期間帰属(以下、「給付の期間帰属」という)方法の変更」に焦点を当てて、その内容を概説するとともに、各企業が試算を進めるにあたっての留意点等を整理したい。

2. 新しい「給付の期間帰属方法」について

「給付の期間帰属方法」とは、退職により見込まれる退職給付の総額(以下、「退職給付見込額」という)のうち、期末までに発生していると認められる額を求める方法、もしくは各期の発生額(各期に配分する額)を求める方法のことをいう。これまでの会計基準では、退職給付見込額について全勤務期間(入社から退職までの期間)で除した額を各期の発生額(図1参照)とする「期間定額基準」を原則的な方法としてきたが、新退職給付会計基準では、「期間定額基準」と新しい「給付算定式基準」のいずれか一方の選択適用となった。「給付算定式基準」とは、退職給付制度の給付算定式に従って各勤務期間に帰属させた給付に基づき見積もった額を、退職給付見込額の各期の発生額とする方法である (図2参照)。イメージとして説明するならば、「期間定額基準」が将来の退職給付見込額に対して均等に発生額を見積もり、直線的に積み立てる(費用処理する)のに対して、「給付算定式基準」は給付カーブに従って発生額を見積もり、それに応じて積み立てる(費用処理する)といった違いがある。さらに「給付算定式基準」では「勤務期間の後期における給付算定式に従った給付が、初期よりも著しく高い水準となるときには、当該期間の給付が均等に生じるとみなして補正した給付算定式に従う」となっており、給付が著しく後加重となっている場合には、給付カーブに従って積み立てるのではなく、均等(直線的)に積み立てることが求められている (図2参照) 。

図1:期間定額基準における期末までの発生額 図2:給付算定式基準における期末までの発生額

3. 給付算定式基準における留意点

給付算定式基準は、退職給付制度設計の考え方やその解釈によって様々な計算方法が考えられる。例えば以下に示すようなケースでは、専門家と相談を行う等、十分な検討が求められる。

  1. 著しい後加重の判断について
    新退職給付会計基準では前述の通り、「勤務期間の後期における給付が著しく高い水準となるときには後加重補正を行うこと」が求められているが、具体的に補正が必要となる判断指針は会計基準及び数理実務ガイダンスにも記載は無い。従って、各企業で自社の給付カーブが著しい後加重になっているか否かを判断することが求められる。具体的な手法としては、①モデル給付カーブ等をグラフで図示して視覚に基づいて判断を行う方法、②退職給付制度の設計の考え方に立ち戻って、給付カーブの伸びに従って各期に配分される発生額を労働の対価として考えたときに、当期のみの費用処理で適切か否かを判断する定性的な分析(※1)、③後加重補正を施した場合の退職給付債務等の数値の変化を探る定量的な分析等、総合的に検証することが必要となる。
  2. 累積型退職給付制度の場合
    累積型退職給付制度とは、ポイント制やキャッシュバランスプラン(※2)に代表される制度である。この制度の計算方法について数理実務ガイダンスには、
    ①平均ポイント(平均拠出付与額)比例の制度として扱う方法
     (結果的に従来の期間定額基準と類似した方法となる考え方)
    ②将来のポイント(拠出付与額)を織り込まない方法
     (結果的に従来のポイント基準と類似した方法となる考え方)
    の2種類が示されている。それぞれ計算方法が異なり、どちらで計算するかによって結果に違いが生じる。退職給付制度の仕組みや計算方法の特性を把握し、どちらがより適切な方法であるかを検討しなければならない。例えば、ポイントや拠出付与額そのものが著しい後加重となっている場合には、①の方法の採用を検討すべきであり、一定の年齢以上にはポイントもしくは拠出付与額を付与しない(累積を停止する)場合には、①の平均ポイントの算出期間を調整するか、②の方法を採用する等の工夫が必要になる。
  3. 退職事由によって給付算定式が異なる制度
    勤務期間と年齢が同じであっても、退職事由によって異なる給付算定式が適用される制度の場合の取り扱いについても留意しておく必要がある。例えば、会社都合退職と自己都合退職で給付算定式が異なる制度で、自己都合退職の給付算定式が、会社都合退職の給付算定式をベースとして減額率を乗じることによって設計されている制度の場合には、会社都合退職に基づいた給付の期間帰属を行い、勤務期間等の条件によって自己都合退職による減額がなされることを反映させるような計算を行う。また、定年加算給付や会社都合退職の加算給付があるような制度の場合には、別制度として各々の給付毎に給付算定式基準を適用して期間帰属させなければならない。このようにただ単純に退職金規程に記載された支給率だけで計算ができるのではなく、規程の内容および給付の特徴を十分に理解することが求められる。

4. 給付の期間帰属選択のポイント

これまで説明してきたように、新退職給付会計基準の導入により給付の期間帰属方法として「期間定額基準」と「給付算定式基準」のどちらか1つを選択しなければならない。また一度選択した方法は原則として変更することはできないため、十分検討して判断する必要がある。その考え方のポイントを以下に纏めてみる。

  1. IFRSの強制適用を意識して
    国際会計基準(IAS19号)では、「給付算定式基準」を使用することを原則としており「期間定額基準」は認められていない。将来IFRSが日本企業に強制適用となった場合には、IFRSベースとなる連結財務諸表は、前述の通り「給付算定式基準」を使用することになる。一方、個別財務諸表は日本の会計基準ベースであるため、今回の改正で「期間定額基準」を選択した場合には原則としてそのまま「期間定額基準」を継続使用することになり、この場合には連結用と個別用と2種類の退職給付債務等を計算・管理しなければならない。これを避けるためには、IFRSの強制適用を視野に入れなければならない企業は、今回のタイミングで「給付算定式基準」を選択しておくべきであると思われる。
  2. 給付算定式基準を採用した場合の貸借対照表及び損益計算書への影響について
    新退職給付会計基準の改正によって変動する退職給付債務の額は、基準改定時の期首(3月末決算なら2014年4月)の利益剰余金に損益計算書を通さず直接加減される。例えば、「給付の期間帰属方法」の変更によって退職給付債務が増加する場合には、その増加額を期首の利益剰余金から減らすことになるが、費用面(勤務費用)に注目すれば、将来積み立てる(費用処理する)額が、その分減少することになるため、費用負担は減少し損益計算書上の数値は改善することになる。逆に退職給付債務が減少すれば、これと反対のことが言えよう(※3、※4)。給付の期間帰属方法の選択(後加重補正の有無も含む)によって会社決算そのものに影響を与えることになるため、会社全体の財務諸表と照らし合わせながら慎重な判断が求められる。
  3. 新退職給付会計基準の試算にあたって
    新退職給付会計基準の適用を前に試算を行い、その変動幅を把握しておきたいという企業も多いと思われる。この場合、退職給付債務や費用の増減の結果のみにとらわれるのでなく、どのような前提条件で計算されたのかを理解し、その妥当性を会社側で判断することが重要である。例えば、後加重の判断について、計算に織り込んでいるならばその補正方法、計算に織り込んでいないのであればその根拠を明確にすることである。十分な理解も得られないまま見切り発車的な判断を行うことは、会社として避けるべきであろう。
    また、自社内で計算を行っている会社の場合には、「給付の期間帰属方法」の選択肢について、計算システム上の単純な機械的操作のみの切り替えで正しい結果が算出されることは難しいと思われる。様々な検討の結果を踏まえた上での操作が必要になるため、想定以上の準備期間を要することに注意しなければならない。一般に、会計監査人は、今回、給付算定式基準を選択する企業に対しては、今まで以上に細かな説明を会社に求めることが予想され、自社計算ソフトを利用している会社は、計算ロジックや計算システムの特性等について理解を深め、会計監査人に説明できる体制を整えておかなければならない。

5.最後に

新退職給付会計基準は、今回の改正で今まで以上に取り扱いが難しくなり、会計実務を行う担当者にも、それに応じた専門的な知識が求められるようになった。新退職給付会計基準適用まで約1年と残り少ない期間の中でスムーズかつ確実な移行を行い、その後の実務運営を円滑に行っていくためにも、企業担当者は早めの準備に着手することが重要である。また実務運営をサポートする信頼できるパートナー(専門家)に相談しながら検討を進めることが近道の一つでもある。


(※1) 意図的に会社への長期勤続を優遇するための給付額の伸びや定年加算金等に伴う発生額について、労働の対価として、当期だけの費用処理ではなく過去からの均等な費用処理が適切であると考えられるのであれば、著しい後加重として補正をした方が良いと判断される。
(※2) ポイント制とは、職能資格や勤続年数等に応じて定められた1年当たりのポイントを、毎年累積させることによって退職金額を算定する方法。キャッシュバランスプランとは、給与の一定割合(ポイントの場合も多い)とその利息を累積させて退職金額を算定する方法。
(※3) 退職給付制度の設計や従業員の構成によっては、会計基準変更の一時点で捉えた時には、退職給付債務と勤務費用が同じ方向に動くこともあり得るが、長期的に捉えれば記載の通りになる。
(※4) 割引率の低下に伴って退職給付債務が増加する場合には、勤務費用も増加する。

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