2012年08月16日
サマリー
欧米におけるESG投資がわが国のそれと異なる特徴のひとつは、株主としての地位に基づいて、経営者との対話を積極的に行なっていることだ。これをEngagement(エンゲージメント)といい、ESGに関わる様々なテーマが対話の材料となる。
このエンゲージメントの手段として株主提案権は、強力なツールとなっている。株主から経営に関する様々な意見を株主総会議案の形で提出し、ESGの様々な問題に対する会社側の取り組みを促進するよう、積極的に働きかけているのである。エンゲージメントが実際に企業経営を変革する力を発揮しているかどうか、直接的に観察することは難しいが、株主提案の場合には、それに賛成する議決権の数量を見ることで、企業に対する影響力を推量することはできるだろう。多くの株主が賛成する提案であれば、それに対して経営陣が真摯に取り組む動機になるはずだからだ。
今年の米国企業の株主総会でも、ESGの諸課題について多くの株主提案があったが、それらの中でも賛成が多いものと少ないものがある。提案する株主の独自の価値観を反映させたような提案であれば、他の株主の賛成を得ることは難しいのは当然だ。企業側から見ると、多くの株主が賛成する提案であれば、株主の全体的な意向の分布を知る契機となるだろうが、賛成率が低いものは、提案株主の独りよがりな意見ととらえられてしまうだろう。
米国の大手法律事務所Sullivan & Cromwellがまとめた2012年の米国における株主提案の集計(※1)を見ると、投票が行われた株主提案のうちGに関するものは、164件で平均51%の賛成があり、賛成が過半に達したのは68件であったという。経営者報酬に関する提案は55件で平均26%の賛成があったが、全てが賛成率5割以下であった。EやSについては、139件の株主提案の平均賛成率は19%にとどまり、全てが賛成率5割以下であった。米国における株主提案に対する株主総会での投票結果を見る限りは、一口にESGといっても投資家の反応には濃淡があり、Gには少なからぬ賛成票が投じられるが、E・Sにはさほどの賛成が得られていないことがわかる。E・Sに関する株主提案のうち、持続可能性に関する報告書の作成・公表を求めるものや、労働問題に関するもの、企業の政治的支出の開示等に関するものは、比較的賛成率が高く、平均で20%を超えていた。これに対して環境問題や人権問題に関する提案への賛成は10%台であり、動物の権利(動物実験等の制限を求めるなど)に関する提案は、平均で一桁の賛成しか得られなかったようだ。
このように、Gの問題は多くの株主の関心事になり得るのだが、E・Sについては、まだまだ風変わりな提案に過ぎないと一般の株主は考えているように思える。ESG投資の実態を見る上では、E・SとGの間に大きな溝があることに注意を忘れてはなるまい。
(※1)「2012 Proxy Season Review」(2012年7月9日)
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
関連のレポート・コラム
最新のレポート・コラム
-
米GDP 前期比年率+2.8%と加速
2024年4-6月期米GDP:内需主導での堅調さを維持
2024年07月26日
-
監査・ガバナンス強化へ回帰する英国
昨年撤回した監査強化方針を復活し、ガバナンス・コードも厳格化へ
2024年07月25日
-
女性がキャリアを築ける職場ほど、子どもを持ちやすい
健保組合ごとの被保険者・被扶養者の出生率と、その要因の多変量解析
2024年07月24日
-
GX経済移行債に期待されるインパクトレポーティング
~GXの理解醸成促進に向けて~『大和総研調査季報』2024年夏季号(Vol.55)掲載
2024年07月24日
-
盛り上がりに欠ける英国の政権交代
2024年07月26日
よく読まれているリサーチレポート
-
「国債買入減額+利上げ」だけで長期金利は2%超えか
シナリオ別に見た日銀の国債買入減額による長期金利への影響試算
2024年06月12日
-
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
-
第221回日本経済予測(改訂版)
賃上げ・物価高の先にある経済の姿と課題は?①賃上げ効果、②貿易デジタル赤字、③トランプリスク、を検証
2024年06月10日
-
「事業性融資の推進等に関する法律案」概要
事業性に着目した企業価値担保権の創設
2024年05月30日
-
バーゼルⅢ最終化による自己資本比率への影響の試算
標準的手法採用行では、自己資本比率が1%pt程度低下する可能性
2024年02月02日
「国債買入減額+利上げ」だけで長期金利は2%超えか
シナリオ別に見た日銀の国債買入減額による長期金利への影響試算
2024年06月12日
信用リスク・アセットの算出手法の見直し(確定版)
国際行等は24年3月期、内部モデルを用いない国内行は25年3月期から適用
2022年07月04日
第221回日本経済予測(改訂版)
賃上げ・物価高の先にある経済の姿と課題は?①賃上げ効果、②貿易デジタル赤字、③トランプリスク、を検証
2024年06月10日
「事業性融資の推進等に関する法律案」概要
事業性に着目した企業価値担保権の創設
2024年05月30日
バーゼルⅢ最終化による自己資本比率への影響の試算
標準的手法採用行では、自己資本比率が1%pt程度低下する可能性
2024年02月02日