退職給付会計基準の改正によるPBOへの影響は?

~IFRSとのコンバージェンス 割引率の設定方法が変わる~

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現在、見直しが進められているわが国の退職給付会計基準について、PBOの計算手法に関する部分について概観してみたい。同じ会計基準でもB/Sにおける即時認識等、会計処理に関する部分は、インパクトは大きいかもしれないが、企業はその影響をあらかじめ予測することができ、対策を進めることも可能である。しかし、PBOの計算手法に関する部分については、金額ベースでどのような影響があるのかを予測することは難しい。そうした中で、企業は主体的に複数の選択肢の中から1つの計算手法を選択しなければならないことになる。
今回の会計基準の改正では、計算手法に関して『割引率の設定方法』、『給付の期間帰属』の2点が予定されている。このうちの1つである『割引率の設定方法』について、その取り扱いをまとめてみる。以下では、2010年3月の公開草案どおりに退職給付会計基準が改正されるものとして話を進める。
改正後基準では、割引率は「原則として、給付見込期間ごとに複数の割引率を設定すること」と定められている。PBO計算の仕組みとしては、退職確率等を用いて将来のキャッシュアウトを予測し、それを割引計算してPBOを算出している。その際に使用する割引率を、現行の一定率から、例えば計算基準日から向こう1年間のキャッシュアウトに関しては1年の期間に相当する金利、計算基準日以降1年~2年の間のキャッシュアウトに関しては2年の期間に相当する金利・・・に置き換えるということである。(一般にこうした割引計算は「イールドカーブを用いた割引計算」と呼ばれている。)
つまり、「割引率は2.0%または1.5%のいずれが適正か?」といったような現在の設定方法から、「1年目0.16% 2年目0.20%・・・10年目1.17%・・・」といった設定方法に変わることになる。現在は、国債の応募者利回りや社債マトリックスといった公表数値が割引率設定の際の参考となっているが、年限の長いものも含めてイールドカーブを設定する必要のある改正後の原則的な設定方法では、2010年3月から財務省HPに掲載が開始されている金利情報(国債の流通市場における実勢価格に基づいて主要年限毎に算出した金利の情報)が参考になるものと考えられる。
なお、割引率の設定に関しては、上述の原則的な設定方法のほか、実務上の観点から「給付見込期間及び給付見込期間ごとの退職給付の金額を反映した単一の加重平均割引率」を適用する方法も認められている。この金額加重平均割引率の設定については、「イールドカーブを用いた割引計算と結果が近似することも考えられること」が前提となっている。このため、加重平均の重みは、単純な予定の給付額ではなく、PBOを算出する際の1構成要素である「期間帰属後の予定給付」ということになる。この金額加重平均割引率を用いる割引計算は、現行基準と同様に一定率で割引計算を行うことになるため、「利息費用」「評価基準日から決算日までの調整計算」「マトリックス表を用いた重要性基準の判断」については、現行と同様の取り扱いが可能と考えられる。逆に、イールドカーブを用いた割引計算では、これら3点の取り扱いについては何らかの対応が必要となってくる。
それでは、こうした割引率設定方法の変更により、PBOの金額はどのような影響を受けるのであろうか。まず、原則的な設定方法であるイールドカーブを用いた割引計算では、先程紹介した財務省HP「金利情報」によれば、最長期間40年の金利が約2.1%(2010年12月28日時点の最新情報)となっており、20年を切る期間の金利は2.0%を下回る。
仮に改正後会計基準適用の直前期末に2.0%でPBOを算出していた企業が、イールドカーブを用いた割引計算を行うと、キャッシュアウトの大部分について2.0%を下回る割引率で割引計算を行うことになるため、PBOは増加することになる。
一方、金額加重平均割引率を用いる際には、まず、金額加重平均の割引年数を求めることになる。金額加重平均の割引年数は、現行基準の平均残存勤務年数と同様に全社で1つの年数となるが、当然のことながらその年数は平均残存勤務年数とは異なる。個人毎に比べると、金額加重平均の割引年数が平均残存勤務年数を上回るケースも多いが、全社合算分となると話は別である。全社合算分では、金額ベースで高加重となる長期勤続の高齢者の影響を大きく受けることになるが、当然のことながら長期勤続の高齢者は将来的な勤続年数が短い。このため、個人毎には平均残存勤務年数より金額加重平均の割引年数の方が長くても、全社合算分では短くなるケースが散見される。つまり、適用する割引率は低くなり、PBOが増加するケースも少なからず発生する。
冷静に考えれば、金額加重平均割引率の適用は、イールドカーブを用いた割引計算と結果が近似することが前提となっており、対現行比で見て選択肢の一方が増加し、もう一方が減少するといった事態は好ましくないので、いずれの選択肢でも同じ方向性であることの方が整合的である。ただし、対現行比でみた金額の増減幅自体は、それぞれの選択肢毎に異なり、これは計算を行って把握する必要がある。
実際の適用では、さらに重要性基準の問題が絡んでくると思われる。結果的なPBOの変動幅で10%基準を判断するのか、それとも会計基準の改正は重要性基準適用対象外との整理で、新しい設定方法に基づく金額で再スタートを切るのか。いずれにしても、現行のように紙1枚のマトリックス表だけで、重要性基準考慮後の割引率について判断を下すのは難しそうである。
冒頭でも触れたところであるが、今回の会計基準の改正では、計算手法に関する部分に関して、もう1点、『給付の期間帰属』についても改正が予定されている。詳細については別の機会に譲るとして、こちらについても2つの選択肢が設けられ、企業がそのうちの1つを、主体的に選択する必要がある。全体としては、『割引率の設定方法』、『給付の期間帰属』のそれぞれについて2つの選択肢が設けられており、2×2つまり4通りの選択肢の中から1つを選ぶことになる。
今回の会計基準改正のスケジュールについては、その確定が当初予定の2010年12月中から2011年1月~3月にずれ込むこととなり、基準確定後にそれなりの期間を経て計算上の実務的な取り扱いを定める『退職給付会計に係る実務基準』がまとまるものと考えられる。一方、改正後会計基準の計算手法に関する部分の適用期日は、決算期により異なるが最短で2012年4月が予定されている。適用期日が当初の予定どおりであるとすれば、『退職給付会計に係る実務基準』が確定してから適用期日までどれほどの時間が残されるのか。限られた時間の中で、企業が合理的な選択を行うために必要な材料を効率的に提供できるのか。企業及び計算受託機関にとって、正念場の1年となりそうである。
〔参考資料〕
今回、詳細については割愛した『給付の期間帰属』も含めた解説資料は、DIRホームページからダウンロード可能です。
http://www.dir.co.jp/souken/consulting/basis/pbo/pbosox.html

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