退職給付会計基準の変更が及ぼす影響は?

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平成22年3月18日付けで、企業会計基準委員会より「退職給付会計基準(案)」および「退職給付に関する会計基準の適用指針(案)」の2つの公開草案が公表された。5月末までのコメント募集期間を経てその後、正式な基準として公表される見通しである。


適用時期は、一部分の基準を除き「平成23年4月1日以後開始する事業年度の年度末に係る財務諸表」となっている。つまり、大半の企業では平成24年3月期決算から対応が必要となる。ちなみに、適用時期が1年先(平成24年4月1日以降開始する事業年度から)となる基準は主に退職給付債務や勤務費用の計算方法に関する部分である。
会計基準の変更による影響が大きいと想定される企業の場合、事前に退職給付制度を変更するなどの対策を講じることも考えられるが、その猶予も2年を切っていることになる。

次に主な変更点であるが、次のとおりである。

  1. (1) 未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用の処理方法
  2. (2) 退職給付債務及び勤務費用の計算方法
  3. (3) 開示の拡充
  4. (4) 複数事業主制度の取扱いの見直し
  5. (5) 長期期待運用収益率の考え方の明確化
  6. (6) 名称等の変更

この中でも特に影響を受ける企業が多くなると考えられるのが(1)の「未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用の処理方法」である。
これまでは、予定外に退職給付債務が増加したり運用損失が出たり、あるいは制度変更を行ったり、と言ったことから未積立債務が増加しても、それをすぐには決算に反映することはなく、未認識債務として一旦オフバランスし、平均残存勤務期間以内の一定年数(例えば10年など)で償却(退職給付引当金に繰入れ)すれば良かった。ところが変更後は未積立債務(税効果を考慮すると実額の約60%)を直接、貸借対照表に計上しなければならなくなる。結果として、その金額だけ株主資本が毀損されることになる。当然ながら、現在の未認識債務が大きい企業ほど変更時の影響は大きく、特に引当率(未積立債務に対する退職給付引当金の割合)が低い場合は、変更による影響が相対的に大きく見えてしまうことになる。
また、移行時のみではなく、変更後の毎年の決算にも影響が出てくる。
例えば、金利変動による割引率の変更、運用環境の良し悪し、制度変更による退職給付債務の増減など、資産と債務双方の変動による差異を発生した年度に反映することになるため、決算数値は毎年ブレることになる。このブレがあまりに大きい場合、経営の安定性が低いと判断されてしまう恐れもある。


退職給付というのは本来、従業員への報酬あるいは福利厚生の一環であり、会計基準が変わるからと言って、安易に制度を変更するというのは好ましいこととは言えない。だが、会計基準の変更により企業価値が低くなってしまう可能性も否定できないため、まずは自社における影響を把握し、必要に応じて従業員への影響が小さい部分からの対策を考えてみるべきではないだろうか。具体的には、自社の未認識債務を把握し基準変更による影響を確認しておくこと、退職給付債務や年金資産の変動リスクが大きいと考えられる場合(割引率が高い、リスク性資産の割合が高い、など)は割引率の引下げや安全性資産へのシフトが可能か検討してみることなどである。また、年金資産の積立水準の高さも決算においては大きなリスク変動要因となるため、この事のみで言えば年金資産は極力保有しないことが望ましい(受給権の保全などから言えば別である)。したがって、年金制度上の積立不足の償却割合を下げる、年金資産を保有しない制度へ移行する、ことなども企業によっては検討の余地があるものと考えられる。

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