2015年06月11日
ベトナムの都会の街中では、随所にATMを見かける。初めてベトナムにATMが導入されたのは1994年のことで、2000年代後半から普及が加速し、2015年3月末時点の台数は16,000台を超えた(ベトナム国家銀行(中央銀行に相当)による)。人口比の台数はASEANではまだ少ないものの、5年前と比べて約2倍に増加しており、普及は本格化しつつあると言えるだろう。
ATM増加の背景には、銀行カードの発行枚数が増加したことが挙げられる。ベトナム国家銀行の統計によれば、2015年3月末時点で銀行カードは約8,600万枚発行されている(同上)。ベトナムの人口は9,000万人超であるので、国民の95%が銀行カードを保有している計算になる。ただし、銀行カードを複数枚保有している個人も多い。実際の銀行カード普及率は、銀行口座保有率に相当する水準と考えることができる。銀行口座保有率ははっきりしないが、20%程度とみられている。なお、カードを保有しているが使用しないケースがあり、日常的に使用されているカードは発行枚数のうちの半分程度のようだ。
ベトナムでは口座保有率の低さからもうかがわれる通り、依然としてたんす預金を好む人が今も多いとみられている。また、高インフレが続いてきたために自国通貨であるベトナムドンに対する信認が低いとも言われている。政府は通貨流通量の適切な管理と取引の透明性を高めるため、銀行システム利用促進とキャッシュレス化を後押しすべく、公的部門の給与支払いを銀行振込としている。民間部門においても日系企業を含む外資企業や大手地場企業などは、従業員の給与を銀行振込とするケースが増えてきた。また、支払いにおいて若者はカード払いをするケースが多くなっている様子で、2014年のベトナム銀行協会の調査によれば、8割の若者がカード払いを好むという。カードの中ではクレジットカードよりもデビットカードが多く利用され、金額・件数とも9割をデビットカードの利用が占めている。


このようにATMの普及が本格化しつつあるベトナムだが、利用者にとっての使い勝手は必ずしも良くないようだ。現地でのヒアリングによれば、ベトナム在住日本人が日常生活でもっとも不便を感じるのは、紙幣切れとのことである。ATMの紙幣切れは珍しいことではない模様だ。また、ATMの中の紙幣が足りなくなっても即座に使用停止と画面表示されないため、ATMでの操作を行ってから紙幣切れに気づくことが多いとも聞く。
紙幣切れの要因としてまず挙げられているのは、入金されるとすぐに現金が引き出されてしまうことである。多くのベトナム人が、家賃や学費、生活費にあてる現金をおろすために、給料日にATMの紙幣切れが発生しやすいようだ。季節的には、年末やテト(旧正月)前に通常の2~3倍の現金需要があると言われ、ATMの利用が特に増えるはずである。また、そもそも街中ではカード払いのできない市場や商店が全体の約8割を占めている。一度にできるだけ多くの現金を引き出すことで、ATM使用料を抑えようとする面もあろう。
第二に、機械にあまり紙幣が入らないという物理的な問題が想起される。ATM1台あたりに入っている平均的な金額は把握できていないが、ベトナムの紙幣の最高額が50万ドン(約2800円)で、一般的に多く使われる10万ドン・20万ドン札が多く入っていると仮定すると、10億ドン(約570万円)程度と推測される。
また、日本とは異なって紙幣の補充管理システムが未発達であるため、適切なタイミングで紙幣の補充が行われていないことも要因と考えられる。
紙幣切れ以外にも、機械の故障や不安定な電力によってカードが飲み込まれるケースがあるとされる。また、ベトナムではしばしば偽造カードによる不正引き出しが報道されており、ATMへの信頼を大きく損ねる問題として深刻だ。
ATMの一段の普及には、銀行業界全体でこのような問題に対応を図っていく必要があろう。当局側も問題点は意識していた模様で、紙幣切れについてはベトナム国家銀行が2014年12月に規制を導入している。銀行が24時間以内に対応できない場合、1,000万~1,500万ドン(約57,000~86,000円)のペナルティが課されることになった。
セキュリティ面では、磁気式カードからICカードへの切り替えが呼びかけられている。個別行では、2012年にMekong Development Bankがベトナムで初めて生体認証デビットカードを導入し、2014年にはEximbankが指紋認証システムを導入した。
ベトナムのATMのシステムをより効率的に発展させようとする取り組みも進んでいる。以前は三つ存在していた銀行カードのアライアンスは2015年4月のBanknetvnとSmartlinkの合併によって一つに統合された。これによって、今後はより効率的にATMシステムの開発が進むはずである。まだしばらく時間はかかるだろうが、今後のシステム開発がベトナムのATMの利便性や安全性の向上に資することを期待したい。

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