2015年03月26日
カンボジアの主要産業として農業(稲作)、縫製業、観光関連産業が挙げられる。農業(稲作)は、年間の精米輸出量100万トンを目標に掲げ(※1)、その達成に向けた動きが活発化している。観光関連産業においては、アンコール遺跡群を中心に積極的なプロモーションを重ねており、2014年の年間外国人来訪者数が450万人を超え(※2)、過去最多となるなど好調を維持している。
その一方で、縫製業においては輸出額の拡大が鈍化し、先行きが懸念され始めている。カンボジア商業省は2014年の縫製品輸出額増加率が鈍化した(※3)ことを発表。カンボジア縫製業協会の発表では、2014年1月から11月までの縫製品輸出額は前年同期比1%増にとどまった。2013年1~11月においては前年同期比13%増であったことに鑑みると減速感は否めない。また、唯一の上場縫製企業であるGrand Twins International社の2014年通期決算も前年比で大幅な減収減益(※4)となった。
縫製業の拡大鈍化の背景としては、①労働環境をめぐる大規模ストライキやデモの発生とそれに伴う工場操業停止、②最低賃金の急速な上昇、③ ①②に伴う受注の減少、が挙げられよう。さらには、ミャンマーやバングラデシュ等、カンボジアよりも賃金水準が低く人口が多い国に外国企業が注目していることも少なからず影響を与えている。

カンボジアの最低賃金は2013年以降急速に上昇している。2015年の最低賃金は月額128ドルで、前年比28%の賃上げとなった。賃金水準の見通しについては日・カンボジア官民合同会議(※5)でも度々議題に挙がることなどから、カンボジア政府が賃金推移の見通しを発表している。しかし、実際は政府発表見通しを上回る水準での賃上げがなされている。カンボジアの最低賃金は、周辺国と比較するとまだ相対的に安価な水準であることや、物価の上昇や経済成長に鑑みると妥当な水準との評価もある一方で、3年間で100%以上上昇する急速な変化や、予測しづらい賃金水準の決定方法など、企業が経営の見通しを立てづらい状況でもある。
進出済の多くの企業がカンボジアへの進出の理由として安価な賃金水準を挙げており、特に縫製業では法定最低賃金近辺の水準でワーカーを雇用している企業も多いため、近年の最低賃金上昇の影響を大きく受ける結果となっている。

主要産業である縫製業の拡大が鈍化する一方で、カンボジア政府は外国からの事業投資による国内産業の活性化、高度化を目指すことを政府方針のひとつとして掲げており、諸外国から多様な産業を誘致するべく、道路拡張や電力供給安定化などインフラ整備を進めている。また、2015年末のAEC発足に際し、ASEAN地域の中心に位置するという地理的優位性を活かし、企業がカンボジアを生産ネットワークの一拠点として取り込むことも期待できる。2015年4月には南部経済回廊上のメコン川を渡るネアックルン橋が開通し、タイ、ベトナムなど近隣諸国との間で形成される生産ネットワークの一端を担う地域として、カンボジアがますます注目されるであろう。
拡大が鈍化したとはいえ、縫製業は600を超える企業と60万人を超える雇用(※6)を抱えるカンボジアの一大産業であり、産業規模が急速に縮小することは想定しがたい。しかし、ハードインフラ整備の進展や、AEC発足に伴うASEAN域内分業体制を採る企業の増加などの事業投資環境の変化が、カンボジアの製造業に新しい分野の産業の参入をもたらす契機となり、カンボジアの経済成長を後押しすることを期待したい。
(※1)Policy Document on Promotion of Paddy Rice Production and Export of Milled Rice(June, 2010)
(※2)出所:Tourism Statistics Report December 2014 / Ministry of Tourism Cambodia
(※3)商業省発表では2014年の縫製品の輸出額は前年比4%増。2009年から2011年までの間は前年比25~35%、2011年から2013年の間は前年比10%程度で拡大。
(※4)前年比売上高12.2%減、純利益51.5%減。出所:Grand Twins International(Cambodia)Plc Condensed Interim Financial Information For The Twelve-Month Period Ended 31 December 2014
(※5)2009年以降、日本(官民合同)とカンボジア政府の間で設置されている、貿易や投資環境等の課題改善のための協議会。
(※6)出所:Garment Manufacturers Association in Cambodia Yearly Bulletin 2015
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