預金準備率操作に大きく依存する中国金融政策の背景

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(頻繁に変更される預金準備率)
景気の減速や不動産価格の急落懸念を背景に、昨年12月初、中国人民銀行は、預金準備率を50ベーシスポイント(0.5%)引き下げた。翻ってみると、人民銀行は2000年代半ばから準備率の変更を頻繁に行っており、これが中国の金融政策上の大きな特徴のひとつとなっている。最近で見ると、2007年から2011年6月の間に計31回の調整が行われており(同期間、貸出金利は15回の調整)、通常一回当り0.5%ポイントの調整が行われている。特に2010年1月から2011年6月の1年半にわたる金融引締め局面では12回の引き上げが行われ(同期間、貸出金利の引き上げは4回)、大型銀行対象の準備率で見ると、15.5%から21.5%、計600ベーシスポイント引き上げられている。

(預金準備率操作に依存する金融政策の背景)
こうした中国の準備率を見ると、現在の21%(大型銀行対象)という水準は諸外国と比べきわめて高く、またその変更頻度も際立って多い。多くの先進・新興経済の中央銀行は、過去20年間、むしろインフレ・ターゲットを金融政策の操作目標、短期金利を操作手段とする方向に転じてきていると言えるが、中国は近年、むしろマネーサプライを操作目標とし、それを管理するため準備率を操作手段とするというやや違った方向へ向かっているように見える。こうした準備率に大きく依存する中国政府・人民銀行の金融政策の背後にある要因として、次のような点が指摘できよう。
  1. 2010年来、人民元相場の上昇を抑えるため、為替市場でドル買い人民元売りを行った結果、過剰流動性が発生し、不胎化の必要性が高まったが、準備率の調整は公開市場操作に比し、不胎化効果が持続的と考えられること。
  2. 特に今回金融引締め局面で、金利よりも準備率を多用しているのは、金利を引き上げると、さらに短期資本が海外から流入し、人民元に一層の上昇圧力がかかることを嫌ったためと考えられること。
  3. 人民銀行から見て、公開市場操作に比べて低コストであること。すなわち、債券市場が未発達であること、および人民銀行が支払う準備金への金利が、公開市場操作の対象となる人民銀行債券より低く設定されていること。
  4. 金融緩和局面で、地方政府が平台(地方投資会社)を通じて銀行債務を増加させてきている状況下で、金利を引き上げると不良債権が増加し、デフォルト、ハードランディングが懸念されること。
  5. 金利引き上げ(またそのシグナルとなる公開市場操作)と異なり、準備率引き上げは、一義的には銀行セクターの流動性のみに影響を与え、企業等の借り入れコストに直接影響を与えないため、反対が少なく、コンセンサスが得やすい(ただし、準備率上昇は銀行にとってはコスト増を意味し、融資金利を引き上げて、そのコストを一部顧客に転嫁することは想定される)。
  6. 他方で、銀行が金融セクターで主たる役割を占める中で、その融資の大半は政府と一体の大型国有企業に優先的に回されているというソフトバジェット、モラルハザードの問題があり、国有企業にとって金利の水準はあまり問題ではなく、それ故、そもそも金利調節がマクロ・コントロールの手段として有効でないという認識が、人民銀行にあると推量されること。
  7. 金融機関によって異なる準備率を設定するなど、人民銀行にとって裁量範囲が大きく、窓口指導の補完的役割を担っていると位置付けられること。
  8. 中国当局は元来、金利を低く抑えて内需刺激、高成長を図る傾向にあること。

(市場に根ざした金融政策へ向かうか)
人民銀行による準備率の頻繁な引き上げは、近年、過剰流動性を抑える観点から、有効な政策手段として、それなりに機能してきたことは間違いない。当面、インフレ圧力の沈静化や貿易インバランスの改善傾向などから、人民元相場の上昇圧力が弱まり、これを抑えるための為替介入が少なくなると、不胎化のための準備率引き上げの必要性は低下しようが、他方で、金融緩和に向けた政策転換の手段として、準備率への依存(引き下げ)は続く可能性が高い。中期的に見ると、金融政策が金利政策や公開市場操作など、より市場に根ざした方向に向かうのかどうかが注目されるが、それは一義的には、金利や為替相場の一層の自由化・弾力化や債券市場の発達に伴って、金融環境全般がどの程度深化してくるかにかかっている。

特に、金利の自由化については動きが見られる。1月初に5年ぶりに開催された全国金融工作会議(※1)後のタイミングで、人民銀行は、1年前に発表した行長の「金利市場化推進に関する若干の考察」をその中国語ウェブサイトに再掲し、市場化をさらに推進する基本的環境は整ってきているとする他、同会議後の記者会見でも、行長が「市場化推進について、考え方(思路)の面で大きな障害はなく、具体的に進めるにあたって、順序と内外経済情勢を考慮することが主要な問題」と発言している(1月13日付経済参考報等)。また貨幣政策委員の一人も、特に実質マイナスになっている預金金利の市場化を急ぐべきだと発言しているほか(2011年12月19日付北京発ロイター電)、金利の市場化を進めると、競争環境が変化し、預金保険制度を創設する必要性が高まるが、今やその時期に来ているとの学者の主張も出てきた(1月12日付China Daily)。ただ人民銀行は、なお金利市場化の具体的なスケジュールは示しておらず、上記「順序と内外経済情勢の考慮が問題」とする行長発言は、現在中国の金利は先進国に比し高く、自由化で金利が上昇すると投機資金の流入を招くおそれがあるので、今は自由化のタイミングでないとの趣旨とも推量される。金融政策が準備率操作に過度に依存している要因は、上述のように様々考えられるが、その基本的背景として、伝統的に成長率を重視してきた政府、商業銀行から優先的に融資を受ける国有企業、政府および国有企業を始めとする既得権益層から大きな影響を受ける中央銀行という構図がある。その意味で、人民銀行の金融政策がどう変わっていくのか、より市場に根ざした金融政策が行われるようになるのかは、そうした構図に変化が生じているのか否かを探る手掛りにもなろう。

(※1)中国国内の関連報道によると(1月7日付財新網、9日付中国証券報、12日付China Daily等)、金融工作会議でも、「金融改革の深化」、「市場機能の強化と政府の役割の明確化」が議論されたとされている。ただ、主たる議論は、「民間借貸」問題や国際的な金融不安等を受けての、金融機関のリスク管理や中小企業金融(あるいは、より広く実体経済に役立つ金融の必要性)であった模様である。


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